教員コラム

言語学のすすめ

2016/02/24 梅香公(総合講座)

コミュニティ振興学部では総合講座の教員も専門を活かしてゼミを開講している。その中に言語学のゼミもある。言語学って一体どんな役に立つのだろうかと思っている学生も沢山いると思うので、今日は、少し具体的に話してみたい。

第二次世界大戦時には日米ともに機密情報は暗号化してやり取りをしていた。暗号通信兵をコードトーカーというが、日米ともに数理的な暗号はお互いに解読していたとのことらしい。ところが米側の暗号で日本の暗号担当者が全く解読できなかった暗号があった。それは、北米の先住民のナバホ族をコードトーカーに利用したケースであった。ナバホ語とはどのような言語であるか手元にある言語学の本を見てみよう。言語は様々な観点から分類されている。その一つである系統的分類によると、ナバホ語は推測上の言語であるナ・デネ語族に属する米国南西部・アラスカ・カナダ西部で話されているアサバスカ語族の一言語である。類型的分類によると、語順に関しては、「主語+目的語+動詞」、「後置詞」、「属格―名詞」、「形容詞―名詞」を特徴としていて、ナバホ語の属するグループには、日本語、モンゴル語、タミル語、朝鮮語、ハンガリー語、トルコ語、ケチュア語などが属する。また、トルコ語、日本語等と同じように語と語がスペースなしで接合する特徴がある膠着語に分類される。母音の数による分類を見ると、乱暴な言い方になるが日本語では「ア・イ・ウ・エ・オ」の5母音体系に対して、ナバホ語は4母音体系を持っている。言うまでもなく、英語の場合は、上記の点に関してナバホ語とも日本語とも大きく異なる。

もし仮に我々が当時にタイムスリップして暗号担当者になったらナバホ語の暗号を解読できただろうか。言語学科では、フィールドワークの練習で、ある言語のネイティブをインフォーマント(情報提供者)としてクラスに呼んで、英語の文章をその言語では何というか質問し、最終的にその言語の文法を発見するという授業がある。暗号文の場合は相手は当然協力的ではないが、上に書いた分類に関する知識を使って様々な方策を講じれば、難解なナバホ語も解読できたかもしれない。実際には、ナバホ語を暗号化して使用していたことが分かっているので、ナバホ語の解読だけでは済まなかったようではあるが。

戦時のような非常時だけでなく、日常の生活の中でも言語学の視点が役に立つことがある。先日ある会議の場で、学生に配布する文書中の文言が検討の対象になった。例を挙げると、「AやBやCを提出しなさい」の類の文言なのだが、この文の意味は「AとBとCの全てを提出しなさい」なのか、「AかBかCのどれか一つを提出しなさい」なのか曖昧ではないかという指摘があった。ここでは並立助詞「や」が含まれていて、その辞書的な意味は、歌に「森や林や田や畑、後へ後へと飛んで行く」とあるように、事物をあれこれ列挙して、それらだけでなく類するものも含めて指示する働きを持つと考えられている。そしてそうであるならば、「AとBとCの全てを提出しなさい」の方が優勢になる。

ところが同じ並立助詞「や」を含む文で、例えば、「花子は太郎や次郎と離婚した」のケースでは、花子は両方と離婚したことになり上記の説明が当てはまるのだが、「花子も太郎や次郎と結婚したらいいのに」では、多くの国では「花子も太郎か次郎のどちらか一人と結婚したらいいのに」の意味でしか取れないだろう。他にも例えば、「支払いはカードや現金でお願いします」では、カードと現金で二重に支払う人はいないだろう。要するに、並立助詞「や」には、「AかBかCのどれか一つ」という意味で使われるケースも結構あるということである。

重婚と二重払いを避けなければいけないことは言語外の常識として共有されている。でも先程の「AやBやCを提出しなさい」の文言を、「AかBかCのどれか一つを提出しなさい」の意味にとって提出物が一つになる学生がいる事実は、言葉の意味が辞書を引くだけで全て分かるわけではなく、常識を共有する努力の必要性を示しているのかもしれない。

言語学の役割が少し伝わったでしょうか。そろそろ春休みです。学生の皆さん、勉強や趣味やバイトや遊び楽しんでください。

天空のろば ――キリマンジャロの中腹で想ったこと――

2016/02/18 松村直道(ヒューマンサービス学科)

二〇一〇年十二月二十七日の午後、私は雪をいただくあのキリマンジャロの中腹、4千メートル付近を歩いていた。もちろん一人ではない。七人の若者とシニアが二人、その一人が私である。周りは地獄の一丁目か二丁目のように、見渡すかぎり石ころばかりで、その遥か彼方にめざすキリマンジャロが霞んで見える。振り返ると遥か麓に、昨日の山小屋がこれも霞んで小さく、おもちゃ小屋のように岩陰に見えていた。「見えていた」というのは、いくら歩いても歩いても、その大きさが同じで、進んでいるとか登山しているという実感が全くないのである。

実際は、一歩一歩と進んでいたのだろうが、全くそのようには感じなかったということだ。我々は疲労困憊し、九人の仲間は、二人あるいは三人とバラバラになり、ハアハアと息を切らしながら、上を向き、下を向き、汗をかきながら、腰に手をあてて、無言で歩いていたのだ。

なんでこんな苦労をしなければならないんだ。私は、疲れを忘れるために、頭のなかでいろんなことを考え始める。職場の同僚は今何をしているか、出版計画の本は今どこまで作業が進んでいるか、夕べ食べたメシはあまり美味しくなかった、あさって山を降りたら最初に何を食おうか、ラーメンに餃子もいい、イタリアレストランもいい、でも野菜サラダが一番食いたい。そして、考える事がなくなると、ただ歩き続ける自分自身のみじめさがこの上なく情けなく感じる。

ああ、なんてこった。おれって何なんだ、無意味な自分、無為な事をしている自分、徒労に終わるかも知れない事を、ただ延々と繰り返している自分、そんなおれって何なんだ。

その時、山に来る前に自宅で見たテレビの映像を思い出した。それはチベットとネパールの国境の村で、深い渓谷と峠を行き来する村人の荷物を運搬している、ろばの姿だった。ろばは、村人が峠のバザールで買った姉の結婚式用の冷蔵庫と何か固い荷物を背負って、渓谷の中腹の岩だらけの狭い小道をゆらゆらと歩いていた。時々立ち止まり、口から泡を出していた。村人が鞭でお尻を叩いても、ろばは止まったままである。村人はあきらめて岩に腰をおろし、煙草に火をつけて一服する。しばし休んでから、ろばは村人と共にのろのろと歩きだす。そんな風景が何コマも続いて、やっと村人は山里の小さな家につく。ろばは荷を解かれて、ろば小屋につながれ、いね藁の上に横たわる。疲労の様子もなく、悲しいそぶりも見せない。ただ、運命づけられた自分の人生、否、ろば生を黙々と生き永らえている。

こんな風景は、いまのおれにそっくりだ。ろばみたいな自分、4千メートルの地獄を行く自分。ウン、天空を歩くろば、これが今の自分にぴったりだ。そう思うと、急に体が楽になった。若い仲間たちは、遥か3百メートル程の後ろを蟻のように歩いてくる。私はマイペースで歩き始めた。小さなキボハット小屋は次第に大きくなってきた。

「天空のろば」という表現は、そんな、天空の中の地獄にいた、目的意識を失った自分の姿を、象徴的に表現するタイトルとして思いついたものです。

しかし、考えてみると、なぜ日本にろばがいないのか。農村にはかって農耕馬を見かけたが、ろばを見る事はなかった。翻って、TVを見ていると、中国やラテンアメリカでは、村の生活の中で、車を引き荷物を背負ったろばをよく見かけるが、農作業をしている姿は見かけない。たぶん、ろばは大きな力を発揮する事は出来ないが、持続的な力を発揮する事は出来る。それが日本と中国等の相違、運搬用と農耕用との相違を生んだのだろうと、想いをめぐらす。

馬鹿という言葉がある。かわいそうに馬とろば(ここで鹿とはろばのことだろう)は、人間から見ると最も価値のない存在の象徴として語られる。しかし、現実には、馬とろばがいなかったら、日本の農村社会、中国の農村社会は成り立たない。そうすると人間はいかにいい加減な事を言う存在であるかがよくわかる。彼らから見たら人間の方が、「バカ」なのかもしれない。

日本には、日常生活の中にろばがいなかったので、ろばに関する話はあまり聞かない。しかし、外国にはいろんな話がある。この間、朝日新聞の天声人語を読んでいたら、アーネスト・シャクルトンの『エンデュランス号漂流記』の話が載っていた。このシャクルトンという人は、十八世紀のイギリス貴族で局地探検家である。この本は当時未開の地であった南極探検の実録である。勇気あるイギリス紳士の精神と行動が書かれている。

彼は、この本の中で、「ライオンとして死ぬより、ロバとして生きたい」と述べている。西欧の歴史では、ライオンは男らしさや権威の象徴であり、ろばはその対局に位置している。しかし、二十世紀を経て二十一世紀になった今、ライオンは動物園の檻の中やアフリカの自然保護区でサファリの対象になっている。悲しいかな彼らは、十八世紀のライオンの子孫とはとても思えない生活に陥っている。正に張り子のライオン、商品としてのライオンだ。ろばはどうかといえば、自然や社会から疎外された人間大衆の姿を、よく表しているのではないか。「おれは、わたしは、アホなろばではない」と言うかも知れないが、ライオンよりもろばに近い事は確かだ。

ろばになった自分自身をよく見つめる中で、自分自身の主人公として、おれやわたしが復活する。そういうこともあるのではないか。「ろばとして生きたい」、その先鞭をつけたシャクルトンに最大のエールを送りたい。

最後に、暇にまかせて「天空のろば」は、どんなイメージなのか、「天空」と「ろば」で検索してみた。その結果、一番興味を持ったのは、インテリアコーディネーターの管野民子さんの「all about 住まい」の記事である。彼女はこの中で、南イタリアのアマルフィでの出来事を書いている。そこには、天空のような別天地(ラヴェロ)があり、そこにはブラジリアを設計した世界的に著名な建築家オスカー・マイヤーによる宇宙船のような未完の音楽堂があるという。彼女はこれを「天空に浮かぶ白亜の音楽堂」と評している。

そして、その工事場からトラックへと廃材や石ころを運ぶのがろばだという。白亜の音楽堂を支えるろば、ここには私の生活理想と共通するものがある。

「頑張る自治体職員☆目指せ学生!シンポジウム」が大盛況のなか、開催されました!

2015/08/12 吉田勉(地域政策学科)

「地域づくり」「まちづくり」は魅力ある仕事で、「それに取り組む皆さん=自治体職員」というのは、学生も十分理解していますが、でも、いったい、どんな人が何を考え、何をしているのかはよくわからないというのが正直なところではないでしょうか。同じ、公務員でも、警察官や学校の先生は、今までのおつきあい?やテレビドラマで、どんな仕事か、何が大変なのか、やりがいは、など、ある程度わかりますが、市役所や県庁の皆さんなどうなんでしょう?

本学には、地域政策学科や現代社会学科をはじめとして自治体職員を目指すために入学してきた学生がたくさんいますが、その実態を分からずして、目指すにも目指しようがない、ということで、今年度から、本学のプロジェクト科目として、「頑張る自治体職員☆目指せ学生!プロジェクト」を立ち上げました。

まさに、めざましい活躍をみせる自治体職員を手本に学生が様々なことを吸収して、学び、それを今後の進路選択に役立てさせていただきましょうということです。 これまで、いくつかの自治体に視察に行き、お話をお聞きしましたが、このプロジェクトの中心的な取組みが、7月25日に本学で開催した「頑張る自治体職員☆目指せ学生シンポジウム」です。

メインプログラムは、県内で活躍著しい5人の自治体職員の皆さんの活動報告や職員のあり方についての発表と、会場の皆さんとの意見交換です。そして、それに先だって、地元水戸市の高橋市長の基調メッセージをいただきました。また、後半には本学OBOGの自治体職員の皆さんからの報告、本学の公務員志望の学生への支援の取組みの説明など、約4時間にも及ぶ盛りだくさんの企画でした。

プロジェクト科目履修の学生16人が、4月から喧々がくがく、議論してプログラムを固め、出演者交渉を行い、会場の準備などを行いました。当日の司会やコーディネーター、駐車場整理、会場整備なども、学事センターや地域連携センター、アドミッションセンターのご協力をいただきながら、学生が自ら行いました。

会場は、本学で一番大きなH棟の講堂を使いました。実は、何人ぐらいの方が来ていただけるのか、学生も教員も当日までひやひやしたのですが、なんと、会場は超満員、申し訳ないのですが、立ち見の方もでるぐらいの大盛況でした。在学生はもとより、オープンキャンパスに来ていた高校生、そして、県内自治体職員の多くの皆様が来場し、栃木県や群馬県の自治体の方も参加いただきました。


パネルディスカッションの様子

そんなわけで、スタッフ学生も、出演していただいたパネリストの皆さんもモチベーション最高潮で、当日の運営に当たることができました。おかげさまで、内容は、次のアンケート結果に見るように、大好評をいただきました。

【学生からの意見】

  • 常磐大学にこれほど多くの自治体職員の方が来場したので驚きました。また、パネリストの皆さんの公務員としてのご苦労、やり甲斐などの本音が聞けて、自分の進路も固まった思いです。
  • 「安定」、「まじめ」というだけのイメージしかなかったが、「挑戦する公務員」を間近にみることができて本当に充実したプログラムだった。

【自治体職員の方からの意見】

  • 同じ自治体職員としても、日頃は聞くことができない、仕事へのヒント、思いが聞けて大変うれしかった。明日からの自分の仕事の進め方にも大いに参考になった。
  • 常磐大学の学生が積極的に質問をして、その内容もハッとするようなものが多くて、学生のやる気を起こさせるシンポジウムとして大成功だったと思う。
  • 大学にこれだけの自治体職員が集まって、議論するということは、これまでに、どこにもなかったのではないだろうか。常磐大学には、これからも県内の自治体職員の力を結集していただき、様々な取組みを続けて欲しい。

【高校生】

  • 自治体職員を志望しているが、このような企画ができる大学であることに強く魅力を感じた。

本学においてこのようなシンポジウムを開催することは初めてでしたので、学生も私も手探り状態で、取り組みました。想定外のことがたくさん起きて、途中、注視するしかないかなと思ったこともありましたが、最後までやり遂げることができて、本当にうれしかったです。


頑張る学生司会者(^^)

学生とシンポジウム後、行った打ち上げ懇親会もシンポジウムに負けず劣らず大盛況だったことはいうまでもありません(^^)

シンポジウムにご協力いただいた、すべても皆様に改めて深く感謝申し上げます。今後も、形は変わるかもしれませんが、このようなプロジェクトを続けていきたいと学生ともども思いを強くした次第です。

シュローダーのピアノ−「ピーナッツ」はサブキャラクターも面白い

2015/07/17 近江宣彦(ヒューマンサービス学科)

チャールズ・M・シュルツの「ピーナッツシリーズ」(「スヌーピーシリーズ」と言うとマニアに怒られます)は、皆さん若い世代にとってはスヌーピーをはじめ様々なキャラクターのグッズが人気のようですが、アラフィフ世代にとっては、今はなき鶴書房のコミック版の原作や、1970年代半ばにNHKで放送されたピーナッツのストーリーの方が身近でした。

私が「ピーナッツ」の信者となったのは比較的早く、小学2年生にはすでに親戚が置いていった鶴書房の「ピーナッツ・ブックス」に親しんでいました。一番好きだった登場人物はシュローダーでした。ベートーヴェンに心酔し、ピアノ作品を弾き、シンフォニーのレコードにゾクゾクし、ベートーヴェンの誕生日が近くなるとプラカードで仲間たちに周知する。実演から啓蒙活動までブレずに行う姿勢が当時の私には「カッコイイ!」と思えました。同じ天才で、驚異的な記憶力があり思想的な話を展開するライナスも魅力があります。が、時折、困った感を発する彼に対し、シュローダーは単なる天才ではなく徹底して「いい人」であるところがまた気になるところなんです。チャーリーブラウンをリーダーとする常敗野球チームのキャッチャーを務めていて(キャッチャーは裏で人をまとめる力が必要なポジションです)、チャーリーブラウンを励ます場面がよくあります。

そのシュローダーにとってピアノを弾くのは至福の時間です。あのおもちゃみたいなピアノで難曲をバンバン弾いていくのは、子ども心にとてもカッコよく見えました。私が小学2年生だった1976年の夏休み、NHKが夕方に単発で「ピーナッツ」のアニメを放送していたことをいまでも覚えています。そしてなんと!懐かしいあのアニメを最近DVDで改めて見ることができました。1976年に放映された「Play it again ,Charlie Brown」という回も目の前で繰り広げられていきました。シュローダーがベートーヴェンの初期から後期のソナタまでを一気に演奏するというすごい腕前を披露する場面にも再会できました。シュローダーのあのおもちゃみたいなピアノからなぜスタインウェイのような音が出るのか、と疑問が出るかもしれませんが、音楽自体を小宇宙と考えるとすれば、まさにシュローダーのピアノは音楽そのものの象徴だと作者が考えたのかもしれません。あるいはシュローダー自体が何かに熱中している少年の姿のカリカチュアとして設定されたのかもしれません。ライナスの毛布に対するシュローダーのピアノという具合に、それぞれのキャラクターの個性についてどんな組み合わせがあるかを考えるのも面白いですね。

何十年も連載が続く漫画にはそれだけ濃密な内容があるのだと思います(「サザエさん」もそうです)。「マンガ」は文化の反映であるしシンボルでもあります。長く愛されたマンガには世代を超えた知恵がつまっているような気がします。大学生世代の皆さんも「ピーナッツ」を読んで、自分なりに解釈してみてはいかがでしょうか。大人になって忘れてしまった目線があり、単純な構図の画像に複雑な内部が隠されていて、シンプルな台詞に深いメッセージを読み取ることができるのですから。


鶴書房版の「ピーナッツ・ブックス」。第33巻と第38巻は珍しくシュローダーが表紙に出ています。30数年前から読み返しているので、表紙がボロボロ…


DVD「スヌーピー・1970年代コレクション vol.1」(ワーナー・ホームビデオ)。日本でも放送された内容が収録されています。

8月の思い出‐:韓国の学生たちとの交流を終えて

2014/10/06 呉 世雄(ヒューマンサービス学科)

私が初めて日本に来たのは2004年8月、大学3年の夏休みの時です。私の恩師が20年程前から日本で社会福祉実習プログラムを実施していて、私もその実習生の一人としてやって来ました。実は当時、私は進路に迷っていました。それがこの訪問をきっかけとして日本に留学し、今は教える立場にいるのですから、人生を変えた出来事だったと言って過言ではありません。千葉県九十九里浜の近くにある社会福祉法人「愛の友協会」での暑かった夏の思い出は今でも忘れられません。

今年の夏休み、韓国から日本に来ていた後輩実習生と私のゼミ生(学部3年生)との交流プログラムを実施しました。後輩が実習に来る時期に合わせて、1泊2日でゼミ生5名を実習施設のボランティアとして参加させたのです。

8月の暑い日差しの下、水戸から車で3時間を走って到着した社会福祉法人「愛の友協会」の高齢者福祉施設で、韓国の学生15名との交流は始まりました。簡単に挨拶を済ませ、早速、午後の実習プログラムである「買い物支援」に同行することになりました。施設の利用者の方と、韓国の実習生、日本の学生が一つのチームとなって、近くの大型スーパーで買い物をするという企画です。問題はゼミ生5人が全く韓国語を話せないこと。「アンニョンハセヨ(こんにちは)」、「カムサハムニダ(ありがとう)」のような簡単な言葉しか話せないレベルなのです。当然、会話できるわけがないのですが、私はあえて通訳に入りませんでした。どうにかなると思ったからです。見ていると、戸惑いながらも身振り手振りでどうにかコミュニケーションをとろうとしています。片言の英語を使ってみたり、スマホの辞書で単語を調べたりしながら、自分たちなりに工夫してあらゆる方法を使って必死にしゃべろうとしている姿がそこにはありました。しだいに通訳を頼む回数は減り、笑い声も多くなっていきました。やはりどうにかなるものです。

夕食後は交流パーティーを開きました。韓国の学生たちが作ったチジミを食べながら、日本と韓国のイメージや疑問に思うこと等について話しました。「お互いにメディアに映るイメージだけで韓国人、日本人を理解していることに気付いた」、「韓国の学生たちの積極性と行動力には驚いたし、自分ももっとそうなるように頑張りたい」といった発言が印象深いです。短い時間ではありましたが、お互いをもう少し知る、知ろうとする有益な時間を過ごすことができました。

二日目の最後には再会を約束し別れの挨拶を交わしました。「ラインしてね!」「フェースブックで会おう!」「実習頑張ってね!」「また会おうね!」と。

言葉の壁や文化の違いを超え、このように交流ができたのは、学生たちの持っている力のおかげだとしみじみ思います。普段は学生自身も教員の私も気付かない力がたくさん現れてきました。相手の声に耳を傾け、視線やしぐさに敏感に反応しながら、分かりやすい言葉を工夫して話すという、立派なコミュニケーション能力を、ゼミ生みんなが持っていました。「意外」と言ったら失礼かもしれませんが、意外と英語ができる、意外と積極性がある、意外と人の気持ちが分かる、我がゼミ生の真の姿を見ることができたことは、私にとっても大きな意味をもちました。

私の恩師がこの20年に渡って時間と努力を惜しまずに、この実習プログラムに取り組み続けてきた理由がここにあるのではないか、そのように思います。来年の8月が待ち遠しくてなりません。

 

 

海外でボランティア活動をしてもらう

2014/04/30 吉川 勲(総合講座)

私はボーイスカウト運動に身を投じています。「投じる」とは大げさに聞こえるかもしれませんが、まともにこの活動を続けるとなると、「余暇利用」などと軽く考える事はできません。なにせやることが多いのです。大学の教師業とボーイスカウト活動をフルタイムで二股掛けた生活を送っていますので、この活動が専門の延長上にあるか、あるいは本業と補完関係であったならば(精神的にも)どれほど楽だろうかと本気で思っています。私はイギリス文芸、もしくはイギリスの文化(現象)を扱っていますので、人間の放埒な欲望の表象を読む作業が主です。他者の幸福を願うボランティア活動とはほとんど対極かもしれません。濁った池と清流に同時に足を突っ込んでいるようなものです。精神生活の浄化にはいいですが。

2年前、私はこの活動をゼミ生に勧めてみました。卒業研究に何をやるか決めかねている学生を揺さぶってみたのです。見るからに「インドア派」の3人の女子学生でした。ちょうどボーイスカウトの世界でCJKプロジェクトという衛生啓蒙教育プログラムがフィリピンで実施されていて、私が派遣団長で同行することになっていました。CJKとは、中国(台湾)、日本と韓国です。アジアの4ヶ国の大学生が集まって、小学校および地域社会を舞台にし、歯磨き、ゴミの分別、リサイクルなどの啓蒙教育活動をやりながら、楽しい国際交歓を10日間ほどやりましょうというものです。「外国でボランティア活動したくない?」と誘いました。

ひとりは参加を即決し、ひとりは悩み込み、もうひとりは尻込みしました。参加したい学生の声が大きかったので悩みは一気に解決させられましたが、物静かな完全インドア派の3人目は最後まで真顔で渋っていました。結局2週間ほどで決着しましたが、それからも障害は多々ありました。

まずスカウト運動への加盟手続きをして派遣プログラムへの参加申し込みをすること、ついで派遣に耐えられるかどうか、日の丸を背負う品性に問題はないかなどの面接を受けること、共通語になるはずの英語が使えるレベルまで達しているかなど、問題山積でした。それをわずか3ヶ月ほどで(無理矢理)解決し、どこに行くのか、何をするのかなどよく分からない混乱状態ながら、とにかく8月下旬に成田を旅立ったのです。

途中経過を省いて結果を言いますと、体力と知力と精神力と情緒と与えられた時間のほぼ限界まで奉仕活動と交歓に費やし、泣きの涙でアジアの新たな友人たちと別れ、機内で爆睡する、という得がたい成果を上げて帰国し、成田で再び日本の仲間との別れの涙を流して帰宅したのです。私は「ありがとう」の言葉をいただきました。

これが私の喜びなのです。「機会を提供する」「安全を保証する」という目標が達成されたことになり、出発時に資材がそろっていないとか、経費が足りないとか、日本紹介のプログラムが未完成だとか、常に寝不足だとか、諸々の解決に苦労したことなど吹っ飛びます。「ありがとう」の響きを味わえる幸福を噛みしめて、また二股生活に戻るのです。

おもてなし考

2014/03/15 宮本 秀樹(ヒューマンサービス学科)

昨年2013年は、東京オリンピック開催へのプレゼンテーションで滝川クリステルさんが行った「お・も・て・な・し」が一つの流行語になりました。

おもてなしをする側、おもてなしをされる側、この二者の相互関係によって〈おもてなし〉は成立します。私が最近、体験したことから〈おもてなし〉について考えてみたいと思います。

2014年2月27日から28日にかけて、私はゼミ合宿(学生3名 + 教員1名 計4名)で岐阜県にある会社2社を訪問しました。1社は、坂本光司&坂本光司研究室著『小さくてもいちばんの会社 日本人のモノサシを変える64社』(講談社、2012年)に「日本でいちばん見学者が感動する工場」というテーマで紹介されている「日本ウエストン株式会社」(資源リサイクル)、もう1社は同社が紹介くださった「感動創庫 LFC株式会社」(アパレル)です。

私は仕事柄、社会福祉法人を時折、訪問させていただきます。今回の訪問もその延長線上で、どのような説明をしていただけるか、ある程度、予想していました。 4名での訪問なので、普通に4名分の資料等が用意されているのだろうと思い描いていました。その場合、4名分の資料間には汎用性があり、私の資料と学生の資料を交換しても説明を受けるのに支障は生じません。つまり、私たちは教員と学生との区分はあるにせよ、匿名性を持った4名として、先方から認識されていると勝手に考えていました。

ところが実際は全く違ったものでした。いたって「個を大切にする視点」がそこにはありました。4名それぞれの名前が入った、〈資料を置くための台紙〉、〈コースター〉、〈スリッパ〉、〈ペットボトル〉、〈お手拭き〉が出迎えのスタートでした。指定席です。汎用性、匿名性とは切り離された世界との出会いでした。さらに社長という組織のトップの方が直接、対応くださり、一対一の関係を結びながら、時間を気にせずに豊富な話題提供をなさってくださいました。これには学生共々とても驚きました。事前に訪問するための電話とその後のちょっとした見学依頼文書やメールのやり取りで2社を訪れたのですが、そこまでの受け入れ姿勢は予想しませんでした。

茨城県と岐阜県との物理的な距離の問題や大学と企業という関係などにより、もしかしたら1回限りの出会いになるかもしれません。直接、利益を生じるものでないことは確実です。それにもかかわらず、2社とも私たちのために当日割いてくれた時間はそれぞれ3時間半です。受け入れのための準備など、その他の時間を考えると、相当な時間を私たちのために使ってくださいました。自分を大切に受け止めてくれたということで、学生も私も2社のファンになるなと言われても自ずとファンになってしまうわけです。

私たちが何か選択する時、「あるモノを積極的に選択する」、「選択肢を比較しながら、その時の状況に左右されながら選ぶ」、「それだけは選択しない」、大雑把に分けるとこの3つになると思います。このことを踏まえ、個人的に必要が生じ、その2社が商品として市場に提供しているものを使いたいという事態を想像したとき、見学に行ったからということもありますが、それを差し引いても私は迷いなしに“その2社の商品を選択する!”ことでしょう。

帰途、私は自分の仕事ぶりを振り返りました。たとえば、オープンキャンパスで高校生の方々と触れ合う時、私がこの2社に抱いた「個を大切にする視点」をもった関わりをどれだけしているでしょうか…。もちろん自分なりに真面目に臨んできてはいるのですが、まだまだ不十分なように思いました。あらためて自分の行動、振る舞いを考えさせられた、おもてなし体験の二日間でした。

オモテ芸・ウラ芸・ヨコ芸

2014/01/16 砂金 祐年(地域政策学科)

私が学生時代にお世話になった先生のひとりが、ユニークな人生訓を教えてくれました。それは「オモテ芸、ウラ芸、ヨコ芸を持て」というものです。オモテ芸はいわば本業、ウラ芸は本業と密接にかかわる別の分野、そしてヨコ芸は、本業とはまったく関係のない分野のこと。この3つを持つことで人生に深みが増す、というものでした。

私にとってオモテ芸は「計量政治学」という分野です。政治や政策などについて、統計データやアンケート調査の結果などをもとに統計学的に分析するもので、例えばご近所同士の絆(学術的にはソーシャル・キャピタルといいます)が、犯罪率の低下や出生率の上昇といった社会現象に密接にかかわっていることを分析しています。統計学という客観的なツールで社会を分析することで、思いもしなかったような関係性を発見できるところに面白さがあります。

ウラ芸は「防災政策」です。この分野にたずさわるようになったのは、大学院生時代、危機管理研究センターというところで助手をしていたのがきっかけですが、東日本大震災以降、いろいろな所から講演に呼んでいただいたり、地域住民の皆さんと一緒に防災まちづくりを進めたりする機会が増えました。今ではこちらの方が忙しくなり、どちらがオモテでどちらがウラかわからなくなってきましたが、「表裏一体」という言葉もありますし、これでいいのかもしれません。

私にとってのヨコ芸は「俳句」になるでしょうか。まだ始めてから数年ですが、俳句の団体(結社といいます)に所属し、句会に参加して俳句を作ったり、俳句関係の本を読んで勉強しています。俳句の良さは、倫理(正しさ)や論理(整っていること)とはまったく違う次元にあり、今まで経験したことがない楽しさがあります。また、俳句で知り合った人が実はオモテ芸やウラ芸にも関わる人だったりと、俳句を通じた人付き合いの広がりが研究に影響し始めています。

「オモテ芸、ウラ芸、ヨコ芸」は、研究者だけでなく、あらゆる人々、あらゆる職業に当てはめることができると思います。皆さんもぜひ自分にとってのオモテ芸、ウラ芸、ヨコ芸を見つけ、充実した人生を送ってください。


研究報告の一部。ご近所の力と社会現象の関係を統計学的に分析しています


鹿嶋市市民大会の様子。防災のまちづくりについて講演しました


俳句の仲間たちとの吟行(俳句を作る旅行)の様子。真ん中の像は松尾芭蕉です

かみね生まれのドン

2013/09/30 西田 恵子(ヒューマンサービス学科)

私は動物園へ行くのが好きです。時間ができてどこへ行こうかという時、まず頭に浮かぶのはたいがい動物園です。

表情豊かな動物達(一見無表情に見えてもその無表情の奥に動く何かがあるんです)一つひとつは魅力的でいくら眺めても飽きることがありません。広い公園や森を散歩している気分になりますし、園内の食堂もその土地の名産品が使われていたり、人気者の動物をフューチャーした料理があったりと楽しませてくれます。どんなオリジナルグッズがあるかも気になるところです。

来園している人達は皆笑顔でいます。知らない者同士が無意識に元気や幸せ感を分け合っている、そのような雰囲気も居心地のよさにつながっているように思います。先日は、秋の遠足に来ていた保育園児達が走り抜けていくところを、車いすに乗ったお年寄りが介護者とともにニコニコ眺めている、そういう場面に遭遇しました。

 

動物が地域をつなぐというのも動物園ならではのこととしてあります。たとえば上野動物園のホッキョクグマの「デア」はイタリアのファザーノ生まれで、はるばる海を渡ってきました。札幌の円山動物園にいるカバの「ドン」は日立のかみね動物園で生まれて、1972年に3歳で婿入りしています。

札幌でドンが日立からやってきたのだと初めて知った時、それまで以上に親しみがわいてきたことを覚えています。それから札幌に行く毎に、少しの時間でも挨拶に寄るようにしています。この間、ドンに挨拶に行った時には交代展示で、ドンの娘の「ザン」にしか会えませんでしたが、それまでなかったお手製のボードが貼られているのを見つけました。人気者なんですね、嬉しくなりました。案内によるとドンは国内で4番目の長寿だといいます。しかも国内1番の長寿は今もかみね動物園に健在のドンの母親、「バシャン」なのだそうです。皆さん、日立に行った時には「バシャン」によろしくお伝えください。


バシャンの孫娘、ザン


隣人はキリン


ドンの弟妹は
神奈川・香川・長崎にいます

旅のすすめ

2013/08/30 中原 史生(総合講座)

今年の夏はとても暑いですね。暑くて外を出歩くのを躊躇してしまいます。例年だと、学生たちが夏休みのこの時期、研究のためにあちこち飛び回っているのですが、今年の8月は大学の仕事が忙しくて、残念ながらほとんど出歩けませんでした。

私はイルカの研究をしていることもあって、学生の頃から全国を旅してきました。北は北海道から南は沖縄まで、船で海に出たり、水族館を訪れたり、毎年いろんなところで調査を行ってきています。研究以外でも旅をする機会は多く、学生の頃はサークル活動(交響楽団の演奏旅行、サッカークラブの遠征、温泉部の合宿など)でも各地を訪れました。おかげで行ったことのない都道府県は残すところ1つだけとなりました。海外にも少なくとも2年に1度は行く機会があります。

旅をするといろんな発見があります。その地ならではの自然、文化、歴史などに五感を通じて触れ、自分の中に新たな経験、知識が蓄積されていきます。とりわけ食は大きな楽しみです。地元の食材、郷土料理、そしてお酒。出費は痛いですが、せっかく訪れたのにその地のものを食べないのはもったいない。人との出会いもあります。言葉がわからなくて困ることもありますが(国内でも)、その地のことを知ろうと思ったら地元の方と話をするのが一番ですね。そうしていろんなものを吸収して帰ってくると、その地はその後もずっと気になる存在となり、いろいろ知りたくなり、そしてまた行きたくなります。

旅をするというのはヒトという動物の特権です。クジラが回遊したり、鳥が渡りをしたりするのは季節的に生活圏が変わっているだけで、ヒトのように自らの生活圏を飛び出して、積極的に見知らぬ地に出て戻ってくる生き物は他にいません。そして、見ず知らずのヒトと仲良くなれるのもヒトが持った特徴なのです。

人生のうちでもっとも旅に出やすい時期はいつでしょうか?定年後を除けば、学生時代ではないでしょうか?学生の皆さん、休みを利用して、ぜひ旅に出てみてください。高校生の皆さん、大学に入ったらぜひ旅をしましょう。きっと新たな発見があるはずです。


5月の知床


5月の沖縄


サバニ(鱶舟)

2014年度AO入試見直しへ想いを込めて

2013/07/10 岡嶋 宏明(地域政策学科)

我がコミュニティ振興学部は、2000年4月の開学以来、そのユニークな名称とともに“ふるさとの未来をデザインする”人材の育成に力を注ぎ、多くの卒業生達を地域社会や地域経済の担い手として世に送り出してきました。

特に、AO入試は、本学部の求める人材のコンセプトを色濃く体現する入試制度であるという観点に立ち、昨年度より受験生が持っている学力だけではない様々な特技やモノゴトへの興味関心、未来への情熱、志など「生きる力」を評価する新しい入試として内容を一新しました。

つまりこの入試は、

  • 受験生のふるさとに貢献したいという意欲および将来展望
  • 高校以外での地域活動の実績

を重視し、「5分程度のプレゼンテーション」と「質疑応答」で合否を判定する“モチベーション重視型”の入試方式です。

昨年度AO入試では変更直後にもかかわらず、東京ディズニーランドに高校時代足しげく通い独自の視点でその魅力についてパワーポイントを活用しての発表、将来福祉を志すきっけかとなった出来事の紙芝居、福島県での原発事故による避難生活のフォトセッション(写真を活用しての発表)など、可能性に満ちた個性豊かな受験生の出願がありました。

現在、茨城県においてもNPO認証法人数:431法人を数え、常陸太田市の鯨ガ丘商店街における“エコミュージアム”の取り組み、ひたちなか市“くらし協働館なかよし”の高齢者の食生活支援、龍ヶ崎市“龍ヶ崎コロッケ” による中心市街地活性化、桜川市真壁町“ひな祭り”、かすみがうら市“ツール・ド・霞ヶ浦”の開催等々、枚挙に遑がないほど県だけでなく各市町村が各々の趣向を凝らした地域づくりの事例が一層拡大しています。


鯨ガ丘商店街(常陸太田市)


くらし協働館なかよし(ひたちなか市)


龍ヶ崎コロッケ(龍ヶ崎市)

そのような中で、高校生をはじめとした若年層の方々も校内行事に留まらず、地域づくりイベントへの企画・運営、市民討論会・政策協議会への積極的参加、新しい名産品の開発、チャレンジ・ショップの経営、地域ボランティア・地域環境保全活動への参加など“自らのふるさとに貢献しよう”と積極的に活動に関わられている方も増えてきているように見受けられます。

本学部のAO入試は、まさに、学業だけでは推し量れない、このような方々の活動実績や経験からくる将来展望に光を当てるための入試制度へと変貌を遂げました。

さらに本年度は、より「ふるさとの未来に貢献したい」というに情熱に満ち溢れた方の出願が容易になるためさらなる改正も施しております。

本学部の願いは、「ふるさとで働きたい」「ふるさとの人々とつながりたい」「ふるさとを元気にしたい」という、熱意と希望を有した無限の可能性溢れる次代を担う原石(若者)たちに一人でも多く出会い、その方々の成長の一助となることです。

ふるさとに貢献したいと強く願っているあなたの出願を心よりお待ちしております。

TEAM MASAの活動と「さわれる冨嶽三十六景」

2013/07/05 中村 正之(コミュニティ文化学科)

中村正之研究室では、「生涯学習はすべての人の幸せを願って進めるもの。」という理念のもと、2006年からゼミ生が中心となって、視覚障碍者も晴眼者と一緒にさわって楽しむことのできる(ミュージアム等)展示資料の作成を行ってきました。これまで、百数十点の天体写真や喜怒哀楽の顔写真、風景写真などを、熱膨張紙(swell paper)を使って作成し様式を統一したパネル化し、点字と墨字の解説をつけて全国各地で数十回の展示会を開催してきました。その都度、何時間もかけて補助者の方とともに見学においでくださった方々からのお言葉は学生たちにとっても、私にとっても大きな励みになったことは言うまでもありません。新聞、雑誌、テレビ、ラジオ等でも多数取り上げていただきました。

2013年2月には、ゼミを超えて、「民間生涯学習」の授業受講者等の有志を加えて新たな活動団体TEAM MASAが結成されました。その活動は大きく3つ挙げられます。

  1. さわれる天体写真展の継続的開催及び貸出・解説
  2. 葛飾北斎作「冨嶽三十六景」(全46種)の触覚型資料化
  3. ひたちなか海浜鉄道湊線現代アートプロジェクト「みなとメディアミュージアム」への参加

現在、TEAM MASAが精力的に活動しているのは、葛飾北斎の冨嶽三十六景の触覚資料作成です。山梨県立博物館が所蔵している冨嶽三十六景の画像を無償提供いただくことができました。同館では、富士山のUNESCO 世界文化遺産登録に向けて6月15日から7月8日までシンボル展「北斎の冨嶽三十六景」を開催することになっていました。TEAM MASAは、それに間に合わせるべく、「さわれる冨嶽三十六景」の制作を進めてまいりました。5月上旬までに10数点を完成させ、同博物館学芸課長さん来校の折に寄贈いたしました。そのうちの2作品がこのシンボル展に特別コーナーをいただき、展示され、大きな反響を呼んでおります。シンボル展担当学芸員の方の話によると、富士山の世界文化遺産登録が決まった6月23日以降は、連日500名以上の方が来館し、その多くの方が「さわれる冨嶽三十六景」の作品を興味深く眺め、さわっているとのことでした。来館された視覚障碍者の方々は、作品を興味深くていねいに鑑賞され、その表現方法に大変興味をもたれるとともに、展示方法などについてご意見をいただいたそうです。これらを糧に、TEAM MASAの面々は一層充実した作品づくりに励んでいくことになります。

詳細は中村正之研究室のホームページをご覧ください。

中村正之研究室http://nakamura-seminar.wix.com/team-masa)

コミュニティ振興学部Webサイトを振り返って

2013/06/04 塩 雅之(コミュニティ文化学科)

コミュニティ文化学科の塩です。当学部Webサイトの技術担当をしております。

Webサイトのリニューアルにあたり新コンテンツとして「教員コラム」が追加されました。

記念すべき(?)第一回コラムの執筆を担当することになりましたので、学部Webサイトについて書きたいと思います。

学部Webサイト立ち上げは、7年前、2006/8/21になります。学部の広報活動の一環として、有志教員により開設されました。情報教員である私は技術的な部分を担当し、他のメンバーが情報収集と原稿作成を担当するという役割分担でした。2012年度より学部広報委員会が設立され、Webサイトの作成・運用は委員会業務となりましたが、役割担当については変わっておりません。

大きなデザイン変更は今回を含めて3回あったかと思います。残念ながら設立当初のサイトデータは残っていなかったのですが、過去のサムネイルを載せておきます。設立当初よりは洗練されたものになったのではないでしょうか。


2011/5以前のデザイン


2011/5〜2013/6のデザイン


2013/6〜現在のデザイン

少し技術的な話になりますが、学部WebサイトのデザインはHTMLとCSSで行っています。設立当時は、各ブラウザのCSS対応に違いがあり、ブラウザによる表示の違いを無くすために苦労した覚えがあります。昨今のWeb標準へのブラウザ対応の早さを考えると、次世代のHTML5とCSS3を使ったデザインにする日も遠くないですかね。

私のゼミナールでは、卒論でWebデザインを研究する学生がいるため、過去にゼミ学生が作った学部Webサイトのデザインも数点あります。機会があれば公開できるといいですね。