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BOOK紹介

 
  ヒューマンサービス学科の教員が紹介したいと思う本を徒然(つれづれ)に載せていきます.
  図書館にある本、研究室におかれている本、幻の本、いろいろです.
  一度は手にとって開いてみてほしいです.
                                                   



Vol.48

松村直道著  『天空のろば ―還暦後の旅歩きアラカルト―』 (2016)

 2016年3月31日をもって本学を定年で退職された松村先生の旅歩きを中心としたエッセイ集である。先生の研究者・教育者としてのエネルギッシュかつ冷静、そして親切丁寧なお仕事の源泉は何なのだろうと不思議に思っていたのだが、本書でその疑問はかなり氷解した。
 先生は旅行がお好きである、ということは立ち話や飲み会などで聞き知っていたつもりである。しかし本書を読むと単なる「趣味」の領域ではないのだ。キリマンジャロへの登攀の記録は登山を極めるというストイックな意思に貫かれたものだ。また、仏教の原点をさかのぼりながら、その発展過程にも思いを馳せていくインド旅行の詳細な記述は、それ自体が仏教の成り立ちや展開を地理学的視点も交えて説明してくれるガイドブックとなる。
 先生の「戦争」に対する姿勢はドイツでの旅行やミャンマー、中国東北部を中心とした旅行の記述の中でも一貫して述べられている。我が国の加害国としての反省と今後の歴史の認識のあり方という重いテーマが、実は本書のバッソ・コンティヌオをなしているのだろうと思われる。先生が若い世代に託したいメッセージを、戦争を知らない私の世代として本文や行間から読み取りたい。
 終章では先生の少年時代・青年時代の体験が極めて簡潔に語られている。「初恋」の体験が極めてあっさりと、しかし余韻をもって書かれている部分が個人的にホロッときた。まさに人生経験を重ねなければ書けない「大人の文章」だ。

近江宣彦 2016年4月



Vol.47

 呉世雄著  『介護老人福祉施設の経営成果と組織管理 福祉経営の時代における目指すべき経営と戦略』 (御茶の水書房,2015)

 本書は、ヒューマンサービス学科助教の呉世雄先生が、法政大学に提出した博士論文を主体にした論文集である。
 周知のように、平成12年に介護保険法が成立し、日本の高齢者福祉は一応の制度的体系化が完成した。福祉サービスは在宅と施設に大別されるが、施設の中核を担うのが介護老人福祉施設である。従来、日本の社会福祉研究では、施設の福祉サービスに焦点が当てられ、組織体・経営体としての施設研究はおろそかにされてきたといっても過言ではない。そうした意味で、呉世雄先生の本書刊行の意義は大きい。本書を構成する諸論文は、実証的な資料の蓄積に基づき、的確な指摘がなされている。福祉関係以外の研究者にも勧めたい好著である。

松村直道 2015年4月


Vol.46

 木村敏著  『あいだ』 (ちくま学芸文庫,2005)

  「人間学的現象学」を目指してきた精神病理学者・木村敏の代表作の一つです。冒頭からヴァイツゼッカーの「ゲシュタルトクライス」論をもとに、我々の世界が有機体として様々な環境との接触のなかで変容し続ける性質のものであるということが提示されますが、以降本書の主題が解き明かされていく過程は推理小説のような面白さがあります。
 本書では現象学の「ノエシス的側面―ノエマ的側面」(簡単に言うと「ノエシス」は知覚で捉えたものに意味を与え対象を構成する意識の働き、「ノエマ」は構成された対象のこと)の枠組みを起点に人間論・臨床論が展開されており、西田幾太郎の「行為的直観」「絶対矛盾的自己同一」の理論を中心に捉え直しをはかり、我々が生活している世界を動的・円環的意味を含む「あいだ」という概念で再構成しますが、この視点の転換は目から鱗です。
 後段の臨床論で筆者は「統合失調症」を例として取り上げ、それが「あいだ」の不成立として症状が起こっていること、他者との「あいだ」におけるメッセージの統合が困難であることを指摘しますが、本書の問題提起は社会福祉の相談援助にも示唆的だと思います。社会福祉においても「あいだ」の不成立に苦しんでいるクライエントは多いであろうし、またクライエントとワーカーとの「あいだ」という視点から援助を考えることが可能かもしれません。
 音楽に造詣の深い著者ならではの筆致で、「あいだ」を説明するために音楽を例にする記述が多く、そちらの部分が個人的にはとても面白かったです。著者は音楽学者T・G・ゲオルギアーデスの『音楽と言語』(講談社学芸文庫)の翻訳もしています。

近江宣彦 2015年3月


Vol.45

 豊中市社会福祉協議会  『セーフティネット コミュニティソーシャルワーカーの現場』 (筒井書房,2013)

 昨年、放映されたNHKドラマ『サイレントプア』(深田恭子主演)を覚えていますか? 深田恭子が演じる里美は社会福祉協議会(以下、社協)のコミュニティソーシャルワーカーです(以下、CSWr)。 制度の狭間で苦しむ人々、社会から排除されがちな人々を地域で支える仕組みを作ることが彼女の仕事です。 主人公里美のモデルになった豊中市社協の勝部麗子さんは、やはり昨年、NHKの番組『プロフェッショナル』に出演し、ソーシャルワーカーの仕事を社会に広く知らせることになりました。

本書は、豊中市社協のコミュニティソーシャルワークのこれまでの実践を分かりやすく漫画や資料などで紹介するものです。漫画では、高齢者のゴミ屋敷問題を住民と行政、専門職が協力して解決していく姿が描かれていて、CSWrの心構えや援助技術がうまく表現されています。「困った人=困っている人」、「怒っている人=心配している人」というセリフが心に響きます。あなたもコミュニティソーシャルワーカーになってみませんか?

呉世雄 2015年2月


Vol.44

 栗田宣義著、嶋津蓮作画、トレンド・プロ制作、 『マンガでわかる社会学』 (オーム社,2012)

 活字が苦手な人にはお薦めの本です。役割、行為、社会化など社会学の基礎概念をマンガという方法を使って、とてもわかりやすく説明している本です。導入として、社会学の対象となる身近な題材をマンガ化しながら、とっつきやすさを出しています。ただし、描き方が少女マンガ風なタッチになっているので、もしかしたらそこは好みが発生するかもしれません。
 本書のポイントは全部をマンガで表現していないところです。教科書にあるような、一般的な説明もマンガの後に据えています。読み方として、導入部のマンガだけを読むのもよし、マンガの後に一般的な説明も併せて読み進め、深いところでの理解を求めてもいいかもしれません。
 ちなみに、この本はシリーズものの一つであり、統計学やデータベースなども『マンガでわかる-』で学べるようになっています。これからの美しい季節、寝転がって気楽に社会学に触れてみませんか。

宮本秀樹 2015年1月


Vol.43

 三山喬著、 『ホームレス歌人のいた冬』 (文春文庫,2013)

 2008年12月、公田耕一という人物が突然、注目を集めました。朝日新聞の投稿俳句欄『朝日歌壇』で続けて選ばれた彼の歌が独特だったからです。『朝日歌壇』は1910年にかの石川啄木を選者に始まり、錚々たる評者が選定してきました。

 「(柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ」
 「パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる」
 「親不幸どおりと言へど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす」

 住所明記の投稿規定に対してホームレスと書き込まれており、それが彼の作風とあいまって、この投稿者、公田耕一とはどのような人物なのだろう、次に出てくる句はどのようなものかと関心を持たれたのです。しかし彼の投稿は9カ月でぷっつりと途絶えてしまいました。

 この本の著者は、新聞記者からフリーのジャーナリストに転身し仕事を重ねてきたものの、すでに若くない自身の身の振り方を迷っていた時期に、この世間の関心、取材ネタに出会いました。そして彼に会うべく、横浜市寿地区に入り込んでいきます。「公田」は「こうだ」ではなく「くでん」と読むこと、図書館という居場所があること、現金の稼ぎ方、日用品の保管の仕方、他者との関わり方、ドヤ(簡易宿泊所)の成り立ちほか、まさに足で稼ぎながら長い時間をかけてぽつぽつと公田耕一につながる情報を集め、つないでいきます。そうして少しずつ公田耕一に近づいていくのですが…。ノンフィクションでありながら推理小説のようであり、福祉の洞察を深める本でもあります。

西田恵子 2014年12月


Vol.42

 市瀬幸平著、 『イギリス社会福祉運動史』 (川島書店,2004)

 Vol.39で紹介されたヴィヴァルディと同時代人のヘンデル(1685-1759)も慈善事業に縁があった。ヘンデルは『メサイア』をイギリスの「捨子養育院」で繰り返し演奏し、施設に大きな収益をもたらした。古楽器によるCDや演奏会では「『捨子養育院版』を使用」と明記しているものもある。
 その施設が慈善事業家J.ハンウェイを取り上げた本書の第2章で出てくるのだ。1741年に設立された「捨子養育院」の運営にハンウェイは1756年から関わるのだが、当時の社会変動や救貧法の限界による入所児童急増に対応し、施設を守るための危機管理、資金調達をこなし、さらに児童労働からの保護、女性の保護まで行うという先見性のある事業を展開した。
 もっとも、社会福祉の教科書に出てくるイギリスの代表的な民間事業を取り上げている第3章以降の方が学生には馴染みがあるだろう。更生保護の先駆となるハワードの監獄改良運動(第3章)、「慈善組織協会」の活動の状況(第5章)、バーネットのセツルメント運動の実際と片山潜による日本への導入(第6章)、そして「コミュニティ・ケア」(第7章)などなど、事業や人物がイメージできるのも嬉しい(…社会福祉士国家試験の対策にもなります(^^)。
 今でも苦境が続く民間セクターが行ったアイデアこそが社会福祉の原型を作ってきたのであり、文化人をも巻き込んだフィランソロフィーを含め、それぞれの時代のチャレンジングな実践は今なお新鮮である。政治や経済の変動に翻弄されている今こそ、社会福祉の「根っこ」にこだわりたい。

近江宣彦 2014年11月


Vol.41

 上坂冬子著、 『慶州ナザレ園 忘れられた日本人妻たち』 (中公文庫,1984)

 韓国-慶州は、世界文化遺産を含む多くの文化遺跡が残っている観光地です。その一画に「慶州ナザレ園」という日本人女性達が暮らしている老人ホームがあります。なぜ韓国に日本人女性の老人ホームがあるのでしょう。ナザレ園は、韓国がまだ日本の植民地だった頃、韓国の男性と結婚し、敗戦後もそのまま残った日本人女性の帰国支援や生活支援等の活動から始まった福祉施設なのです。なかには自分の意思で韓国に残ることを選択した方もおられますが、いろいろな事情で母国日本に帰れなくなった方も少なくありませんでした。
 本書には、第二次世界大戦と朝鮮戦争を経験した日本人女性達の紆余曲折の人生の物語が綴られています。国境を越えた愛の物語、戦争で愛する家族を一瞬で失った人々、敗戦後の反日感情による差別や悲哀の経験談、母国に帰りたくても身元引受人がいなくて帰れない人々の話等々。本人の意思とは無関係に歴史に翻弄された彼女らの語りは、戦争の怖さや生きることの意味、国家や国籍の意味等について改めていろいろなことを考えさせてくれます。
 私は数年前にこのナザレ園を訪れたことがあります。当時20名ほどの方が暮らしていて、貴重なお話をうかがうことができました。今ではほとんどの方が90歳以上の高齢ですので、彼女らが歴史のなかに忘れられないうちに、皆さんも一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

呉世雄 2014年10月


Vol.40

 ひまわりをうえた八にんのおかあさんと葉方丹著、松成真理子絵 『ひまわりのおか』 (岩崎書店,2012)

 2011年3月11日、宮城県の石巻市立大川小学校を大きな津波が襲いました。津波は74人の子どもたちと10人の先生の命を奪いました。大切な子どもを亡くしたお母さんたちは、子どもたちが津波から逃げようとした丘の上にひまわりをたくさん植えました。この絵本は、お母さんたちがひまわりの世話をしながら、かけがえのない自分達の子どもを思い出し語るという紙面で彩られています。どの子どももそれぞれやさしく、素敵な子ばかりでした。元気だった頃のとびきりの子どもの表情が絵になっています。
 私はこの本を笠間市社会福祉協議会での社会福祉実習で災害ボランティア活動に行くバスの中で紹介されました。手にとって、読んで、涙が出てきました。東日本大震災から3年半がたちます。まだ子どもが見つからないおかあさんもいます。大切な人が突然いなくなってしまったら…と思うと、私は息が止まりそうになります。大切な人がそばにいる「今」が、普通に過ごしている「今」が、どれだけ幸せなことであるかを、この本を読んで思いました。絶対にあってはならなかった辛い体験をしたお母さん達の想いを是非読んで感じてほしいと思います。

学部3年小薗江友加里 2014年9月


Vol.39

 大島真寿美著 『ピエタ』 (ポプラ社,2011)

 「きのう、ヴィヴァルディ先生が亡くなったと、アンナ・マリーアが泣きながらわたしのところへ来た。」と物語は始まります。
 ヴィヴァルディ先生とは、1678年にイタリアのヴェネツィアに生まれ、1741年に亡くなった「四季」などで知られるバロック音楽の作曲家アントニオ・ヴィヴァルディのことです。彼は捨て子を育てるヴェネツィアのピエタ慈善院で長く音楽を教えたり曲を提供したりしていました。その史実を基に、大島さんはエミーリアというこの施設で育った女性を主人公として物語を進めていきます。人の感情、才能、個性、こだわり、人と人の出会い、支え合い、別れ、様々な出来事が描かれています。
 仕事柄、いろいろな本が周りにありますが、普段とはちょっと違う本に手を伸ばしてみました。読めてとてもよかったと思いました。

                          西田恵子 2014年8月


Vol.38

 古川孝順監修 『再構 児童福祉 子どもたち自身のために』 (筒井書房,2014)

 本書(全15章)は、児童福祉論の教科書(テキスト)ではありません。児童福祉の未来を語るための、実践的な部分を含めた専門書に近いものであるという印象を私はもちました。マクロレベルにおける政策への言及について、政策「説明」型ではなく、政策「提案」型の書という点で興味深い内容です。
 古川孝順先生(西九州大学副学長)に教えを受けた門下生たちが「児童福祉研究会」を立ち上げ、研究を重ねてきたものがベースになっていますが、本書を編集する際に何人かの新進気鋭の研究者にも声をかけ、完成させています。各章はあえて文体の統一性にこだわらず、論文調、エッセイ調と様々でありますが、読み進めていって違和感はありません。不思議です。
 ちなみに本学の児童福祉論を担当されている近江宣彦先生は、第3章で「『子育て支援』にみる社会福祉の拡大と専門職の位置づけ」を執筆されています。直接にも間接にも子どもに関わる問題が深刻に広がっている今日、社会福祉を学んでいる皆さんに一読してほしいと思います。

                          宮本秀樹 2014年7月


Vol.37

 斎藤環著 『生き延びるためのラカン』 (ちくま文庫,2012)

 日本一わかりやすいラカン入門書キター―――().―――!!!
 クソ難しいJ・ラカン(1901-1981)の精神分析理論の解説書は、私の学部時代は難解なものしかなかったので、本書は個人的に重宝している。社会福祉を勉強する学生は、援助関係に関わるLecture18「転移の問題」、Leture19「転移・投影・同一化」に興味を示すだろうが、やはり最初から読むほうがいい。著者はまず『「欲望」は他人の欲望である』という重要なテーゼの説明から入る。これを基に展開される「象徴界」、「想像界」、「現実界」が重要ワードだ。
 「象徴界」は「シニフィアン(記号や音声としてのコトバ)」が織りなすシステムであり、我々は物事をコトバに置き換えるということによってどうにか生きている。「想像界」は自己愛の領域といえようか。母と子が密着している状態からの「鏡像段階」→「同一化」は、それが攻撃性に転嫁する可能性を持つ。さらに「象徴界」、「想像界」の後に設定される「現実界」は「認識もコントロールも不可能な領域」を指す。著者はいわゆる「精神病」をこの3界の結び目の綻びからくるものと説明し、「象徴界」における傷が「現実界」においてどう発現するか、様々な専門用語で説明してくれる。
 という要約が正しいのかどうか自身がないが、自分と照らし合わせて読むと納得する部分がある。たしかに、幼稚園年長時代に鏡を見ながら鏡台にある化粧品を顔に塗りたくってその後母親にこっぴどく叱られたのは私の「鏡像段階」であったのだろうか。なお、「すべての男はヘンタイである」(ギクッ!)という題名が付されたLecture16は各自読んで自分がヘンタイかどうか確認しよう。

                          近江宣彦 2014年6月


Vol.36

 仲村優一・一番ケ瀬康子・右田紀久恵監修、岡本民夫・田端光美・濱野一郎・古川孝順・宮田和明編集 『エンサイクロペディア社会福祉学』 (中央法規出版)2007


 本事典は、社会福祉の全体像を体系的に理解できるように、社会福祉の現状と社会福祉学研究の到達点、将来展望について俯瞰的に編集されている事典です。構成は、「21世紀社会福祉の戦略」、「展開基盤」、「歴史的展開」、「思想・理論と研究の方法」、「対象・施策・機能」、「運営」、「実践の方法」、「利用とその支援」、「分野」、「地域福祉への統合」、「世界の社会福祉」という11章からなります。
 各章の冒頭には総説が設けられており、テーマの概説と各項目の内容が紹介されています。各項目は幅広い知見に裏づけられた深遠な事柄が簡潔に記されており、各科目の教科書の凝縮版といえる側面があります。社会福祉を総合的に学習するための教材として最適だといえるでしょう。講義で学んでから時間がたって曖昧になっていることや、理解が十分ではないことを確認するために使うことはもちろん、社会福祉全体のなかでそれがどのような位置づけになるのかを把握、理解するのにとても有用だと思います。

学生が購入するのは大変だと思いますので、図書館での利用を勧めます。

                                加藤大輔 2014年5月


Vol.35

 日本希望製作所編 『まちの起業がどんどん生まれるコミュニティ ソンミサン・マウルの実践から学ぶ』 (エンパブリック)2011


 ソンキサン・マウル(=村)は、韓国でまちづくりの先進事例として広く知られており、近年は日本から視察で訪れる人も増えている。ソウル市マッポ区にあるこのまちは、伝統的な共同体としての「村」が現代の都市部でどのように展開できるかについて多くのヒントを与えてくれる。
 本書は、ソンミサン・マウルの住民であり、まちづくりの活動家でもあるユ・チャンボクさんが2010年に日本で行った講演の内容をまとめたものである。マウル(村)の始まりは、共働きをしながらも子ども達を自然豊かな環境で自分達が望む形で育てたいという親たちの思いで始まった共同保育のコミュニティからである。その後、子どもが成長するにつれ、新たな生活ニーズが生まれ、まちのなかに生協をはじめ、学校、劇場、カフェ、工房等、次々とコミュニティ起業が生まれ、コミュニティの活動内容や範囲も拡大してきている。 これまでの約20年間にわたる起業によるコミュニティ活動を可能にしたのは、仲間同士の協力の基に、開かれたコミュニケーションや主体的リーダーの再生産など、マウルならではのやり方や文化が蓄積されたからである。本の中には「なるほど!」と思わせられるたくさんの起業や活動の成功・失敗談が住民の目線から分かりやすく語られている。
 数年前からソウル市では、ソンミサン・マウルのような住民主体のまちづくりを支援するために「ソウル市まちづくり支援センター」を設立した。ユさんは開設時からセンター長としてスカウトされ、これまでの活動経験やノウハウを活かして、住民の視点から支援活動を行っている。人口過密の大都市ソウルに情溢れるマウルがたくさん生まれることを期待したい。
                                  呉世雄 2014年4月


Vol.34

 西原理恵子著 『ぼくんち(上・中・下)』 (角川文庫,2009)

 半端な紹介文は作者が激怒するだろうと思う作品です。漫画です。
 「ぼくのすんでいるところは  山と海しかないしずかな町で はしにいくとどんどん貧乏になる そのいちばんはしっこがぼくの家だ」ではじまります。主人公二太には一太というにいちゃんがいます。かあちゃんは3年前に買い物にいったきり帰ってこなかったのですが、ある日突然、見知らぬおねえちゃんをつれて帰ってきて、すぐに家の権利書をもっていなくなってしまいます。それから二太は一太にいちゃんとおねえちゃんと3人で暮らすようになります。おねえちゃんは風俗で働き、甘い卵焼きを作ってくれたりして弟の面倒を見ます。
 全3巻で、見開き2頁毎に話が完結し、様々な人物が登場してストーリーが展開していきます。おねえちゃんといい、二太のともだちさなえちゃんといい、皆、「泣いているヒマがあったら笑え」とたくましく生きているんですけど、その現実は厳しいことばかりです。そういう本なのですが、是非、学生に読んでほしいと思います。

                                                西田恵子 2014年3月

Vol.33

 
 L.C.ジョンソン、S.J.ヤンカ著 山辺朗子・岩間伸之訳 『ジェネラリスト・ソーシャルワーク』 (ミネルヴァ書房,2004)

 社会的養護を取り上げた某TVドラマはついに見る機会がなかった。もしそれを見て社会的養護への関心を持った人がいたとすれば、社会的養護に関わるデータや文献を読んでほしいと思う。施設に入所する子どもの問題は多重化しており、子どもを守るためには様々な相談援助援助技術が求められていることが理解できるだろう。
 もちろん現実がドラマよりも複雑多様であることは社会的養護に限らない。貧困、多問題家族、DV、更生保護対象者、社会的排除等々社会問題の拡大は、社会福祉機関・施設に集約される顕在的・潜在的ニーズからも明らかである。総合的・包括的支援が必要となっている現在、「ジェネラリスト・ソーシャルワーク」の理論と実践の集大成である本書は、実践現場において活用できる内容満載である。
 本書の最大の特徴は、多様なニーズとサービスへの視点が巨細に網羅され、反論の余地を与えない堅牢な理論が最後まで持続することであろう。アメリカの社会福祉援助技術史が壮大に語られるところから私は腰を抜かしたが、援助技術の基本3方法が自在に融合され、しかもそれぞれの方法論が歴史的な流れも踏まえられ、至る所にドスが利いているのも凄い。その上での個人・家族・集団・地域をシステムとして捉え、実践(事例を熟読せよ)がなされている本書に文句を言う勇気は私にはない。主要な援助技術理論と用語がコンパクトに整理された巻末資料がとても便利だ。ただ、本の値段が1万2千円というのはちょっと高いぜ、どうにかしてくれ。

                         近江宣彦 2014年2月


Vol.32

 中島隆信著 『障害者の経済学』 (東洋経済新報社,2006)

 本書のタイトルがなかなかおもしろい。バリバリの経済学者である筆者は、「経済学を障害者研究に適用することの利点は経済学の中立性である。経済学は特定の人の利益には与しない」と本書のスタンスを序章で述べている。そして「生徒1.6人につき先生1人、生徒1人につき年間930万円費やす養護学校(現在の特別支援学校)」といった記述をみると、たとえば“おじいちゃんを家で母が介護しているのをみてきたので”という素朴な体験から社会福祉の道を選んだ人などには抵抗感があるかもしれない。本書を読み進んでいくと、“ここまで言って大丈夫?”というくらい前衛的な主張がポンポン出てくる。
 実は筆者は脳性マヒの子どもの親であり、「当事者性」を有する立場の人でもある。経済学者と当事者性と言うふたつの立場を出し入れしながら、グラフや表はほとんどない、読みやすい記述になっている。

                          宮本秀樹 2014年1月


Vol.31

 岩崎夏海著 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』 (ダイヤモンド社,2009)

 高校2年生の川島みなみは、病に倒れた幼馴染のお願いで野球部のマネージャーを務めることになった。入部してすぐに、やるからには「野球部を甲子園に連れて行く!」と決めたものの、部員たちや監督のやる気のなさや、これまでの成績から見ても、それは遠い夢に過ぎなかった。だが偶然、書店で手に取ったP.F.ドラッカーの『マネジメント』を読むことになったみなみは、読んで学んだことを野球部の運営に当てはめ、組織を変えていく。部員たちが真に求めるものは何か、野球部の顧客とは誰かなどマーケティングをはじめ、イノベーション、目標管理、社会への貢献、人事管理等、『マネジメント』のエッセンスを活かして野球部を活性化させていく。
 難しく思われがちなマネジメント論がすいすい理解できて、しかもストーリーとしても面白く、温かな感動も与えてくれる作品である。はたして、みなみたちの野球部は甲子園に出場することができたのでしょうか。結果はお楽しみに!

                                  呉世雄 2013年12月

Vol.30

 鈴木真理子著 『ソーシャルワーカーという生き方 15人のキャリアとライフヒストリー』 (中央法規出版,2010)

 本書は、一般的に中堅からベテランといわれる実際の15人のソーシャルワーカーについて、インタビューをもとにそれぞれの生き様が語られています。
 そこには、さまざまなキャリアやライフヒストリーの紹介にとどまらず、福祉職としての価値や専門性、働く上での意識の持ち方、さまざまな領域での具体的な業務内容や問題意識についても書かれており、ソーシャルワーカーの働く姿がより身近に感じられる一冊です。
 大学での学習や、就職活動、就職した後のキャリアデザインを考える上での参考になればと思います。
                                加藤大輔 2013年11月

Vol.29

 上岡陽江、ダルク女性ハウス 『生きのびるための犯罪(みち)』 (イースト・プレス,2012)

 非常勤講師で行っている東京の大学の学生から紹介された本です。「ダルク」とは、薬物依存者の薬物依存からの回復と社会復帰を支援する民間の施設です。彼女はその利用者であると以前から聞いていました。授業を熱心に聞いている彼女の背景にそのようなことがあるとは、本人から聞くまで想像がつきませんでした。
 本書は薬物依存による「犯罪」に陥ってしまった人たちのことを記したものです。「犯罪」はもちろん犯してはならないものです。しかしながら、薬物依存の女性の多くが幼児期に被虐待体験をもつという事実に、「犯罪」に手を染めざるを得なかった不条理を考えさせられます。思春期の治療・服薬等によって薬物を離せなくなったという例も同様です。
 「犯罪」の道に進まないですむ環境をどのように用意するかが問題の根本なのだとこの本を読んであらためて思いました。ものごとを複眼的に考えることが求められる社会福祉の専門家を目指す学生には、一度読んでほしい本です。

                                西田恵子 2013年10月

Vol.28

 G.エスピン・アンデルセン著 大沢真理監訳 『平等と効率の福祉革命』 (岩波書店,2011)

 現在の少子高齢化社会に潜む不平等の分析と是正の提言がなされ、今後の社会福祉のあり方を考える上で大いに学ぶ事項が提示されている書である。
 「新自由主義」、「保守主義」的な政策や家族観に批判的な立場をとり、膨大なデータを駆使しての論証は説得力がある。欧米各国のデータをもとに、家族形態の多様化による女性の社会的役割の変化と社会福祉に及ぼす影響について、ジェンダーの視覚から家事労働の「質」に注目し、いくつかの重要な事項を引き出している。著者は「男性の『女性化』が福祉的効果を持つこと」(P.92他)(「イクメン」はそれにあたるのか?by近江)、「ケアの密度はケアの頻度と正反対にある」(P.94)ことから、公的な保育の重要性を強調する。
 以上のことは「貧困の世代的再生産」の問題において母親(特に母子世帯)の就労が子どもの貧困の発生を低下させること、子どもに親がどれだけ時間を投資するかが重要である、という問題の解決策を提示するくだりで再現される。よい老後を過ごすためには子ども時代が充実しているいことが必要とし、ライフサイクルや世代間の均衡、福祉の経済効果など、反論まで想定した論理から学ぶことは多い。
 著者が提起するように、家族規範や「あるべき」姿に固執するあまり社会の停滞(だけでなく社会福祉の停滞)を招く事象はたくさんある。やはりそれぞれがそれぞれのライフスタイルを大切にできる社会であることが、ひいては子育てもしやすく生活しやすい社会になると思うんだよね、と理由をつけてオレは気楽な独身貴族であり続けるのであった。
                               近江宣彦 2013年9月

Vol.27

 山田太一著 『街で話した言葉』 (筑摩書房,1986)

 本書は、テレビドラマ『岸辺のアルバム』、『ふぞろいの林檎たち』、映画『異人たちとの夏』などを手がけているシナリオライターの山田田一のエッセイ集である。仕事、若者、老人など日常的な題材について、ドラマ作りと絡めて、わかりやすく山田の思いが綴られている。
 例えば、山田が来賓として地域の運動会に招かれ、渋々行く。プログラム、後いくつ残っているかなと数えている中、雨が降り始め、最終的には土砂降りの中で競技になる。運動会にとって雨はとても不都合なものである。しかし、山田の体験はまったくその逆で、雨に足をとられ、転んだりする子どもやずぶ濡れの中での校長先生のあいさつなどが“感動的”になっていると、ルーティンを壊す話など。
 ちなみに大林宣彦監督の『異人たちとの夏』は、異人(あの世の方々)となった両親と成人した息子との“子ども時代の心地よい充足”を描いた作品である。多少ホラーも入っているが、“人に包まれたい感情”を追体験したい人にはおすすめです。
                               宮本秀樹 2013年8月

Vol.26

 姜尚中著 『心』 (集英社,2013)

 親友の死を受け止められず悩む大学生(直弘)と自死で息子を失った大学教授(私=姜尚中)の長いメールのやり取りで全ての物語が語られている長編小説である。
 物語の半分以上を占める、直弘君たちの演劇部がゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)の『親和力』を日本の高度経済成長期と東日本大震災後の時代状況に読み替えて演じる部分は、絶妙な例えと新鮮なものの見方で、小説としての面白さと、著者の伝えたい強いメッセージが伝わる。 文明とは何か、幸福と愛とは何か、生と死、生きることの意味など、哲学的な深い話をわかりやすく語っている。なかでも、死と生に対する苦悩が死者と生者の立場から描かれ、震災の後、喪失感で苦しむ人々へ生きる意味を伝えようとしている。また、誤った文明の産物である原発事故へのおもいも語られている。それぞれ、“生きとし生けるもの、末永く元気で”、“いったい、俺たちどこで間違ったんだ”と、我々の心に響く深いメッセージを残してくれる。
 この夏休みに、是非一読をお勧めしたい。
                                 呉世雄 2013年7月

Vol.25

 坂田周一監修・浅井春夫・三本松政之・濁川孝志編 『新・コミュニティ福祉学入門』 (有斐閣,2013)

 編者のお一人、三本松先生が送ってくださった。社会福祉は変容し続けるもので、片時も目を離せない。日頃、そう思っているのだけれど、その多方面に渡る展開を追い続けることはなかなかに容易でなくて、なにごとにもスローテンポな私はあきらめ気味だったりする。
 しかし! 「あきらめちゃいけません」と三本松先生がこの本を送ってくださった(のだと私は思う)。30章で構成されている本書は、尊厳、人権、環境、ウェルネス、福祉サポート、安全、自治、シティズンシップほか、動いている「コミュニティ福祉」の最前線をひもとく道標が並んでいる。執筆者一人ひとりのこだわる核が迫力をもった文章となって連なっていて圧巻だ。 社会福祉を学ぶ者たちへの応援歌のような本ですといって紹介したい。
                                西田恵子 2013年6月

Vol.24

 ケンタロウ・柳田理科男著 『空想お料理読本』 (メディアファクトリー,2012)

 1970年代に少年時代を過ごした者にとって、「小池さんのラーメン」、「ギャートルズの肉」、「梅三郎さんの握り寿司」は本当においしそうであこがれの食べ物だった。架空の料理ということで、日常生活では口にできないものだと諦めていた子どもがほとんどだったろう。しかし、料理研究家ケンタロウと、空想科学者柳田理科男がそれを実際にレシピに起こし本当に料理を作ってしまったのだ。その発想と実行力には恐れ入る。
 紹介される料理はアニメで放映された場面やその前後の状況から考えられたもので、出来上がった料理がどれもうまそうなのがいい。「ハクション大魔王のハンバーグ」のレシピとそのおいしさを語る章は著者達もハイテンションで、私も自作してみたくなった。カリ城で出てくる「ミートボールスパゲッティ」は初めて知った。小学生高学年の当時、私はクラリスの清純な女性像が強烈過ぎて、料理までは記憶していなかったのだ。
 まったく社会福祉に関係のない本書だが、40代、50代の方が多く利用する施設で実習をする場合、昔のアニメの話はけっこう盛り上がるし、コミュニケーションのきっかけにはなる。昔のアニメ知識も意外と役に立つのだ。ただし、実習生がオタク知識をマシンガンみたいに喋ると利用者がドン引きすると思われるので、まずは社会福祉援助技術論・各論・演習の授業で習った相談援助理論をしっかりと実習に反映してください。

                                近江宣彦 2013年5月

Vol.23

 James Midgley & Amy Conley編著,宮城孝監訳 『ソーシャルワークと社会開発 ―開発的ソーシャルワークの理論とスキル』 (丸善出版,2012)

 本書は、社会開発研究の第一人者であるアメリカのジェームズ・ミッジリィ博士とエイミー・コンリー博士の編著の翻訳書である。ソーシャルワークの新しい実践論としての「開発的ソーシャルワーク」について高齢者、障害者、児童、貧困、犯罪などのソーシャルワーク実践領域ごとに理論的な背景とともに事例を用いて論じている、開発的ソーシャルワークの特徴は、資源がない中で社会的条件を改善するために投資戦略を用いることであり、その具体的な内容として、職業訓練、資産貯蓄口座、マイク・エンタープライズなどが紹介されている。それに加え、実践における基本的な視点として、コミュニティを基盤とした実践の重視、当事者のストレングス及び自己決定の重視、地域生活への参加の促進を重視している。近年、日本の限られた公的財政ののなかでソーシャルワークはどうあるべきかについて多くの示唆を与えている。ソーシャルワークを学ぶ学生には、是非、一読をおすすめしたい。
                                呉世雄 2013年4月

Vol.22

 松村直道編著『震災・避難所生活と地域防災力 北茨城市大津町の記録』 (東信堂,2012)

 本書は松村直道(本学コミュニティ振興学部学部長)、西田恵子(本学ヒューマンサービス学科教員)、砂金祐年(本学地域政策学科教員)、久保田三枝子(北茨城市ボランティアグループ連絡会相談役)4名による3.11とその後についての共同研究(震災記録)である。
 福島県に隣接した茨城県最北部の北茨城市という地域の中でも、大津地区というコミュニティに焦点をあてている。震災で直接被害に遭った住民たちへのインタビュー、避難所の運営、助け合いの状況に関わるデータがふんだんに盛り込まれており興味深い。
 地域福祉力と地域防災力との関係をどのような視点でとらえればよいのか、21世紀の現在、この問題提起はこれから益々注目されるであろう。

                                 宮本秀樹 2013年3月

Vol.21

 デッソー著・上野久子訳『ケースワーク スーパービジョン』 (ミネルヴァ書房,1970)

 ドロシー・デッソーという女性を知っている人は多くないかもしれません。アメリカでソーシャルワークの教育・訓練を受け実践に携わった後、1947年から日本で広く社会福祉の教育に力を尽くした人物です。
 1980年に京都の自宅で急逝されたデッソー先生が著した本書は、ソーシャルワークの基本技術であるケースワークを、ゼミナールの授業のように教えてくれます。日本でソーシャルワーカー、ケースワーカーという専門職が確立される途上期に出された本ですから、最新の内容を備えているわけではありませんが、途上期だからこそ強調されていることに、現在に通じる極意を読み取ることができます。専門書でありながら平易な文章でわかりやすいところも学生には手にとりやすいことと思います。
 今では入手困難なこの本が常磐大学の図書館にはあるんです(^^)。

                               西田恵子 2013年2月


Vol.20

 河畠修著『福祉史を歩く―東京・明治』 (日本エディタースクール出版部,2006)

 最近の社会福祉を勉強する学生は「社会福祉の歴史」に苦手意識を持つ人が多いようである。そこで、今回は社会福祉の歴史を身近に感じられる一冊を選んでみた。 「五感あふれる読み物」を目指す著者は、当時の状況と、現在その地がどうなっているか(多くは跡地になっている)を比較しながらヴィヴィッドに語り下ろしている。
 はじめの章では明治期における幼児教育・貧児教育や、今でいう社会的養護を担った養育院(東京・大塚)などを活写。第2章は老人ホームの黎明をたどり、第3章では慈善事業・社会事業に従事した知識人の実践(留岡幸助・片山潜の活動が中心。社会福祉原論の授業を取った人はすぐわかるよね♪)が紹介される。第4章の明治期のスラム街の悲惨な状況と現在の様変わりした姿のギャップに驚く人もいよう。もちろん、現地に行くための地図や交通機関の情報もばっちり。
 私は本書の交通案内をみて、四ツ谷や神田、巣鴨、大塚、駒込をぶらりと散歩することがある。今でこそ都市化した地域の路地に入りこんでいくと、当時の面影をほうふつとさせる何かがある。歴史を理解するには、当時の雰囲気を感じ取る感性や嗅覚が必要だ。一度ゼミで「福祉の歴史」ツアーをやってみたいと思っているのだが、未だ果たせずにいる。

                                近江宣彦 2013年1月


Vol.19

 「ヘンゼルとグレーテル」『完訳グリム童話集』 (岩波文庫,1979)


 子どもの頃の常識というかんじの、知っていたつもりの童話です。でもおとなになる間にけっこう忘れているもので、あらためて原典を読んでみました。
 お菓子の家、魔法つかいのおばあさん。登場してくるものは記憶のとおりでしたが、ヘンゼルとグレーテルがなぜ森へ行ったのか、それは今になってしみじみと「そうだったんだー」と思い至る背景でした。
 とにかく家が貧しくて、食べるものもなくて、義理の母親と実の父親が子ども二人を森に捨てたのでした。動物に食べられたり、餓死したりすることを予想しながら。
 ハッピーエンドでよかったです。でも窯で焼かれる魔法使いのおばあさんも、考えようによってはとても気の毒なんですけどね。  

                               西田恵子 2012年12月


Vol.18

池谷孝司編著 『死刑でいいです―孤立が生んだ二つの殺人』 (共同通信社,2009)


 16歳で自分の母親を殺し、22歳で大阪で2人の姉妹の女性を殺した犯人は、精神鑑定の時、「死刑でいいです」と言った。起こした犯罪を考えれば、確かに死刑は避けられないだろう。しかし、この犯人の20数年という人生は、生来の発達障害、父の暴力、貧困、いじめ、不登校、就職の失敗などあまりにも理不尽な困難に満ちていた。被害者とその家族をはじめ、多大な犠牲を出した事件を防ぎえなかったのは、社会からの「孤立」が大きくかかわっているのではないか、それを考えさせられる本であり、司法福祉の分野を志す学生には是非一読してもらいたい。
  

                               伊藤晋二 2012年11月


Vol.17

鴨長明著 武田友宏編 『方丈記(全)』 (角川ソフィア文庫,ビギナーズクラシックス,2012)


 「行く河の流れは絶えずして、…」。これは、皆さんご承知のように、高校生の時、国語の古文で、誰もがお世話になった記憶のある、鴨長明『方丈記』の書き出しの一説です。おそらく歴史的仮名遣いの難しさにうんざりして、「何でこんな本を読むんだ」と嘆いた人が多いと思います。実は、私もその一人でした。
 時代は変わって、昨年3月の大震災以後、急にこの本が注目され始めています。その背景には、平安時代末期の大地震と大火事により、京都が大被害を受けた事、貴族政治から武家政治への転換による政治の大混乱が、現在日本の社会政治状況によく似ている事があります。
 しかし、この本を読み直す価値があるのは、時代の転換期にあたり、長明がどのように主体的に生きたかが詳細に記述されているからです。「無常観」がキーワードですが、これは世捨人の生き方ではなく、今の若者がじっくりと、「自分の生き方を考える」のに意義のある本です。この本を読んでいれば、就活には絶対有利。2時間もあれば読めます。
  

                               松村直道 2012年10月


Vol.16

木下順二著 『子午線の祀り』 (河出文庫,1990)


 2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』の視聴率が話題になっています。その平氏と源氏の物語のひとつを紹介します。戯曲の形式をとっています。
 平清盛の子、新中納言平知盛が、「見るべき程の事は見つ。今は自害せん」と、鎧2領を着て壇ノ浦の水底に沈み、同時に平氏も滅びます。平氏を滅ぼした主役は、一の谷、屋島で平氏を破った九郎判官義経です。義経は「判官びいき」という言葉が象徴するように、「悲劇のヒーロー」として多くの時代劇で格好よく描かれてきました。しかし実はそのイメージがひっくりかえる戦法を繰り広げていました。たとえば、当時のルールにそむいて「船を操る人(戦わない者)」を殺します。勝つためには手段を選ばずというやり方です。義経は、兄の頼朝に好かれたい、亡父義朝の仇を討ちたいの一念で行動します。しかし…。
 平家全軍の大将軍として、天の高みから滅びを受け入れようとした知盛。義経と知盛を並べると、小生が知盛に惹かれるのは瀬戸地方の生まれだからでしょうか

                                宮本秀樹 2012年9月

Vol.15

マーガレット・ハンフリーズ著 『からのゆりかご 大英帝国の迷い子たち』 (日本図書刊行会,1997)


 イギリスの幼い子ども達が、児童移民として海外へ送られ児童労働を強制されていた.その数は13万人に及ぶ.それは遠い昔のことではなく、1970年代まで送られていたという事実.彼ら彼女達は、自分の意思と関係なく、過酷な人生を辿らなければならなかった.
 この本はオーストラリアやカナダに孤児として送られた子ども一人ひとりの痛みに、著者であるソーシャルワーカーが寄り添い、出生を正しく知ることを支援する活動を追ったものです.「ゆりかごから墓場まで」という言葉を思い浮かばせるイギリスが、一方でとっていた政策に様々なことを考えさせられます.マーガレットというソーシャルワーカーのプロフェッショナルにも多くを学びます.
 実は『オレンジと太陽』という映画の原作として知った本です.東京・神保町にある岩波ホールでの上映に間に合わなかったのだけれど、下高井戸での上映に駆けつけることができてホントによかった!

                                西田恵子 2012年8月

Vol.14

チャールズ・M・シュルツ著 谷川俊太郎訳
『PEANUTS BOOKS 1~60』 (ツルコミック社,1969-1979)


 ピーナッツは小学校低学年からツルコミック社版で読んでいた.ピアノでベートーヴェンからバルトークまで弾き飛ばすシュローダーや思想的な話を延々展開するライナスがかっこよく見えた. でも小学生時代の私はチャーリーブラウンそのまんま.「俺はチャーリーブラウンみたいなさえない子だ」とうっすらと自覚しつつ、子どもとしてどう生き延びていくか、ということと、ダメな自分を受け入れる、ということを無意識のうちにこのコミックスから学習していたような気がする.というのはちょっと出来過ぎた説明かな.
 何も特技がなくても淡々と日を過ごすチャーリーブラウンと何だかんだ言って彼のもとにいる仲間達が好きだった私にとって、1970年後半以降の、キャラが増え、設定も多様化されたピーナッツは、機会があれば読む程度になった.

 ツルコミック版は出版社の倒産もあり市場から消えてしまった(版権は大手出版社に譲渡されたらしい).ザラッとした感触のツルコミック版はいまだに読み返していてだいぶボロボロになった。

                                近江宣彦 2012年7月


Vol.13

横田賢一著 『岡山孤児院物語 石井十次の足跡』 (山陽新聞,2002)

日本の社会福祉の歴史を辿る時、欠かせない人物の一人である石井十次と岡山孤児院について、わかりやすく書かれた本です.社会福祉原論Ⅰの授業でも紹介しました.
 幕末期に武家に生まれ、明治期に医学生となりながら、子どもとの出会いから社会事業へ進路を変え、はかりしれない実践を創りだしました.民間社会事業家の先駆者です.卒業するまでに一度は石井十次にはまってほしいです.


                                西田恵子 2012年6月

Vol.12

古川孝順監修、社会福祉理論研究会編 『社会福祉の理論と運営 ―社会福祉とはなにか―』 (筒井書房,2012)


私が大学院時代にお世話になった先生の監修による、先輩・同級生・後輩の論文集が出たのは感慨深い。私は授業や研究会の後の飲み会で酔っ払っているだけの無能な院生だったが、古川先生はじめ皆さんにいろいろと助けて頂いたことは幸運だった。ああ、あの頃は楽しかったなぁ。
 と、思い出は置いておこう。内容を説明したい。古川先生が近年力点を置いている「社会福祉の拡大と限定」(「L字型構造」、「ブロッコリー型構造」モデルを想起されたい)を中心とする大テーマを原理論・各分野・領域ごとの運営論・対象とアプローチの視点から検討するという、壮大かつ大胆な試みが本書の目玉だ。コアな理論研究から、現場実践や利用者への聞き取り調査までを含む射程の広さにも注目。初学者は具体的記述のある第3部から読んでいくとよい。
 常磐大学生向けの宣伝。
 西田先生が社会福祉情報システムの非対称性について述べた論考と、中村英三先生の児童養護施設におけるニーズやサービスの拡大について述べた論考は是非読んでほしい。授業の理解に役立つであろうし、「お、君はちゃんと読んでおいてくれたんだね♡」と喜んでもらえるし、成績もアップするかもよ。

                                近江宣彦 2012年5月

Vol.11

ディック・ブルーナぶん・え『うさこちゃんとたれみみくん』 (福音館書店,2008)


うさこちゃんの通っているクラスに新しく入ってくることになった男の子。
 彼にはみんなとちがうところがあったのでした。

 ディック・ブルーナがつれていってくれる世界は、子どもの間だけでなく大きくなってもおとなになっても素敵です。

                                西田恵子 2012年4月

Vol.10

古川孝順著 『子どもの権利 イギリス・アメリカ・日本の福祉政策史から』 (有斐閣,1982)

児童福祉の歴史をイギリス・アメリカ・日本の3カ国を比較しながら論じている本、という風に書くと、ビビッてしまう学生がいるかもしれない。しかし、社会福祉のニーズや政策は歴史的に動いてきたもので、歴史をぬきに語れないのだ。
 この著作は単なる歴史的事項の羅列ではない。その視点や方法に注目してほしい。資本主義社会のありようによって児童福祉政策の成立や経緯が変わること、その中で日本の児童福祉政策の特殊性と、各国に共通する一般性を分析していく手法をとっている(ちょっと難しい?でも大丈夫。社会福祉原論の授業を思い出そう)。
 内容についてもう少し。各国で資本主義の成熟過程で必然的に起こりうる問題として、貧困、児童労働、虐待、少年非行などが説明されている。さらに、我が国固有の政治・経済・文化の変動による児童福祉問題や福祉制度の変化が明らかにされている。おそらくここが本書のキモとなる部分だと思う。
 今、日本の社会福祉政策(もっと広げると社会保障全体)も転換点を迎えている。歴史的な視点を持つことは次世代の福祉をどうしていくか、という課題につながるので、特に児童福祉に興味のある学生は在学中に読んでおこう。難しそうであれば、まずは興味のある個所から広げて読んでいくという手もある。

                               近江宣彦 2012年3月

Vol.9

高沢武司著 『社会福祉のマクロとミクロの間 福祉サービス供給体制の諸問題』 (川島書店,1985)

私が学生時代に手にした本です。今も手元に置いています。常にひもとくわけではありません。何かを考えるとき、折にふれて開く本の中の一冊です。学生時代、理解しようと必死に読んだ高沢先生の論文が、少しはわかるようになった気がします。年の功ということかもしれません。…わかるほどに、その英明さに圧倒されもするのですが。
 ここに書かれている内容は、出版から四半世紀がたつ現在も色あせていません。当時、すでに社会福祉の危機管理についてふれてもおられます。「若き施設長への手紙」が所収されています。

                                西田恵子 2011年2月

Vol.8

クリスティーン・ブライアン著 馬篭久美子・檜垣陽子訳 『私は私になっていく 痴呆とダンスを 』 (クリエイツかもがわ,2004)

著者は46歳でアルツハイマー病の診断を受けた人物です。本人の目線で認知症をもつ一人ひとりにどのような戸惑いや葛藤があるのか、そしてそれとつきあっていくのかを知ることができます。
 わかりやすい文章で、現実味あふれる事柄が書かれています。高齢者福祉に関心のある人には是非読んでほしいです。



                                中村英三 2011年1月

Vol.7

岡本祐三著 『介護保険の歩み 自立をめざす介護への挑戦』 (ミネルヴァ書房,2009)

介護保険というと、難しい制度の解説や複雑なサービスの紹介書が多いですが、この本は違います。大阪の病院に勤務しながら地域医療に関心を持った著者が、高齢者の患者の視点で綴ったエッセイ集です。
 内容は、1970年当時の家族介護の様子、今では伝説になった岩手県沢内村の話、80年代の老人病院、最近では終末期ケア等、寝ながら読める、裏話満載の興味深い本です。



                                松村直道 2011年12月

Vol.6

吾妻ひでお著 『失踪日記』 (イースト・プレス,2005)

著者の吾妻ひでお氏は、1970年代~80年代に独特のギャグセンスで人気を博した漫画家である。その著者が仕事のプレッシャーから突然失踪し、ホームレス生活、日雇い労働者、アルコール依存で入院、という自らの体験を赤裸々に描いた作品である。どこか冷めた観察眼で自らの心理をギャグ満載で描いており、日常生活を当たり前に送っている私たちも、いつ同じような心理に陥るかわからない恐ろしさを実感させられる。
 特にアルコール依存については、漫画という媒体の特性を生かして鮮明に描写しており、依存者の心理を理解するうえでは最上の教科書としておすすめしたい。

                                伊藤晋二 2011年11月

Vol.5

藤本とし著 『地面の底がぬけたんです』 (思想の科学社,1998)

題名を見て「アレッ?」と思われる方がおられるかもしれません。

 この作品は18歳でハンセン病を発病し、その後、肢体不自由と失明に遭った藤本とし(1901-1987)さんの随筆集です。

私たちは通常、今ある日常がこれからもある程度、続くであろうとどこかで考えていないでしょうか。そしてこの思いは安定した日常生活の源になっているのではないでしょうか。ハンセン病の発病によって、それまでの日常が崩れた後(≒「地面の底がぬける」)、崩れた日常が淡々と、またある面楽天的に綴られています。

 2001年、この原作は、女優結純子のひとり芝居「地面の底がぬけたんです」によって舞台化され、この活動は現在も続いています。また、2007年には、「第18回久保医療文化賞」(公害や薬害問題などに市民とともに取り組んだ久保全雄[くぼますお]医師を記念して創設された賞)を受賞しています。

                                宮本秀樹 2011年10月

Vol.4

子どもが語る施設の暮らし編集委員会編 『子どもが語る施設の暮らし』 (明石書店,1998) 『子どもが語る施設の暮らし2』 (明石書店,2003)

 児童養護施設という名前は、虐待の相談処理件数の増加に伴い社会的にも注目を集めるようになった.でも、まだまだ施設は「特別な」イメージで見られてしまう.
 本書はそこで暮らす子どもたちの語りを通して、施設とはどういう場所か?を社会に対して問い掛けている.自分がかつて住んでいた家と施設をどう考え、どのように暮らし、どのような自分になりたいのか、子どもなりに一生懸命考え、答えを出そうとしている生の姿をここから読み取ることで、読者にとっては施設に対するイメージを変える2冊となろう.もちろん集団での生活、しかも実の親ではない職員がかかわるのであるから、不満などもしっかりと書かれている.でも、子どもが要求していることは「自分の声を聞いてほしい」ということであり、そのような職員への感謝の言葉を見るとホッとした気分になる.

                                 近江宣彦 2011年9月

Vol.3

湯本香樹実ぶん酒井駒子 『くまとやまねこ』 (河出書房新社,2008)


 なかよしのことりがしんでしまったくま.
 冒頭、くまはしんでしまったことりを見つめています.
 ことりはもういないと、そう思うのはとても辛いことです.
 ずっとずっといっしょにいると思っていたのですから.

 くまの心のうごきに自分の心を重ねて読んだ本です.


                                 西田恵子2011年8月

Vol.2

 古川孝順著 『福祉ってなんだ』 (岩波ジュニア新書,2008)


 「君、福祉じゃないんだ、社会福祉だよ。」と、本書の「はじめに」で著者は語ります。この文句が意味するところは重要です。ヒューマンサービス学科の社会福祉原論の授業でも、この点は強調されています。

 岩波ジュニア新書ということで、わかりやすい文章が綴られています。しかしその内容は深淵です。バイブル第二弾というところでしょうか。授業で使用していますが、後々、自分の考えを整理するときなどに紐解いてほしい本です。




                                 西田恵子2011年7月

Vol.1

 岡村重夫著 『社会福祉原論』 (全国社会福祉協議会,1983)


 4年生のK君が「岡村重夫?誰ですか?」と夜の席で宮本先生に尋ねたと聞いた.…ショックを受けた.地域福祉論の授業で、社会福祉原論の授業で、何度、その名前を口にし、功績を説いただろう、強調しただろうか….
 しかし現実は現実(-_-).

 コーナーの第一番目にこの本を紹介することにした動機をこの一件に求めるのは、岡村重夫先生をはじめ多くの先達の方々に誠に申し訳ないことではありますが…. ヒューマンサービス学科で学ぶ皆さん、バイブルにしてください!


                                 西田恵子2011年6月


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