知覚心理学(春)・知覚心理学特講義(秋)

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講義予定:春セメスターではおおよそ「みる」、「きく」、「障害援助技術」まで。以下は秋セメスターで紹介する。

われわれはどのようにして自身を含めた環境世界を認識し、理解しているのだろうか。この授業では「知覚は行動のためのデッサンである」という主題をめぐって、人間の感性過程および知覚行動に関する重要な研究を概観する。


1 みる

1)「はじめて見る世界」

 はじめて世界を経験するのはいったいどのような体験であったのであろうか。生命の誕生後いつごろなのだろうか。失われてしまった原初的体験すなわち感覚・知覚のはじまりについて、(1)先天的盲者の開眼手術後の視覚の形成過程に関する研究を資料として、われわれの視知覚の成立過程を比較検討し、想像してみよう。また、(2)新生児や乳幼児がどのように環境を認知しているかを知る方法として、近年発達した新生児心理物理学の実験技術を紹介する。(3)知覚の発達理論(バウアーの分化説)についてもふれる。これらから視知覚の成立要因および知覚における能動的性質を理解したい。


2)光と目のしくみ「ものはなぜそのように見えているのか」

感覚知覚過程は日常思いがけない不思議さをわれわれに与えてくれる。いわゆる錯覚である。非常に多種類の錯覚を体験することができるが、これらは意外なおもしろさの経験を与えてくれるばかりでなく、知覚過程の性質を明らかにする手掛かりでもある。代表的な錯覚(幾何学的錯視、視覚的残効、マッカロー効果等)の共覧実験によりそれらを体験してみよう。(VTR教材により補足説明を行なう「視覚的錯視」「色を感ずる不思議」「錯視」)


3)視覚機能の障害・「障害」概念の人為性

知覚過程はあまりにも身じかなものであるために、その存在に気づくのは、何らかの「異常」や障害が発生する場合である。


2 きく

一つだけ与えられるとしたらどの感覚を望みますかという質問に対し、3重苦を克服したヘレン・ケラーは聴覚を、と答えたというエピソードがある。ことばを持つ人間にとって聴覚が非常に大切な器官であることを示したものであろう。


3 感覚障害の援助・感覚代行の研究

感覚・知覚系になんらかの障害が生じた場合、現代ではそれらを補う技術が発達し、感覚代行と呼ばれる研究分野を形成するようになってきている。障害援助は小型化電子技術に負うところが大きいが、有効な援助のためには感覚・知覚の機能的障害(はたらき)についての知識が不可欠である。

(1)補聴器による聴覚補償の歴史を説明する。これは援助技術の発展とともに障害の社会的概念が変化してきたことを示す非常によい例である。

(2)バウワーらによる先天性盲児へ空間情報を聴覚によって与える(ソニックガイド)感覚代行の試みを解説する。

(3)マイクロコンピュータを利用したコミュニケーション援助に関する研究をあわせて紹介する。

この領域は将来「感覚障害援助技術士」といった総合的な専門領域へと発展するのではないだろうか。


4 諸感覚

視覚および聴覚の重要性については言うまでもないが、他の感覚器官も予想以上にわれわれの行動に影響を与えている。これらは意識に昇りにくい場合も多い。これら諸感覚について、その測定方法、心理的現象について解説する。

なお、講義の便宜上各感覚能力を分けて説明するが、現実にはこれらは同時に全体的に働いているとう点は重要である。


5 意識

意識とはなんであろうか。意識をめぐる諸現象を概説し、新しい心身観を模索してみよう。(1)いき値とはなにか。いき下知覚現象は存在するか。これらの問題を知覚心理学の歴史に登場する代表的実験を通じて考えてみよう。

(2)薬物と変性意識体験 幻覚発動剤( LSD、大麻)や種々の習慣性薬物(アルコ−ル、タバコ、カフェイン)は変性意識状態をもたらす場合があり、特有の感覚・知覚的体験をもつことがある。このような知覚現象の科学的な研究について解説する。

(3)直感などのような感覚受容器の明確でない知覚体験

(4)道具を媒介とした知覚。バイオフィードバック手続きのようないわば道具を媒介する「間接的な」知覚と新しい心身観について解説する。


6 動物の知覚能力

人の感覚能力もすぐれて精緻なものであるが、人以外の動物もすぐれた感覚知覚能力をもっており、むしろ人をしのぐ能力を示すものも多い。

(1)これらの諸能力を人間のそれと比較して見よう。

(2)動物の感覚知覚能力を調べる動物心理物理学の諸技術についても概説する。これらの研究を通じて動物はどのような知覚的世界を生きているか(ユキュスキュルの「生きられる環境世界」)を探り、感覚能力の神秘に触れる。

(3)人間の認知機能の源初的形態として近年動物の認知能力が調べられている。これらの研究にもふれ、人間の知覚・認知能力の特質を理解しよう。


7 知覚の理論

(1)認知的な知覚論として、シャクターの二要因論、ガザニガの多重化された意識論をとりあげ、知覚の決定要因について解説する。

(2)文化による知覚の制約 「私」の知覚は他人の知覚と同じなのだろうか。異なる文化に育った人々の知覚様式は異なるのであろうか。この単元ではこのような疑問を巡って、

(3)まとめとして、知覚・記号化・認識過程を、同調現象・弁別・「身分け」・「言分け」をキイワードとして再構築し、人間の全体的な「生きられる環境世界」を想像してみよう。


最後に、

 以上、われわれが世界や自分を認識するありさまを理解しようとする研究をみてきた。これらの知覚研究はわれわれ自身のものの見方や感じかたについて新しい可能性を与えてくれるものであり、人間科学的人間観を求めるときに考慮しなければならない人間的事実である。


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