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99/10/11(月)"Less is More"

昨日の基礎心理学会のシンポジウムの後、アトラクションとして一弦琴の演奏が行われた。会場での説明によると、楽器は単純なものから複雑なものへ発達していくのが一般的ということだが、一弦琴は逆に単純な形態を求めて江戸時代に作られたものだそうだ。形状は、この写真のように桐の板に絹糸が一本はってあり、これを象牙の「芦管」を指にはめて琴のように弾いて演奏する。演奏会では下の机を共鳴装置に利用しているということだ。

写真は演奏会のあと希望者に手ほどきをしているところの風景である。左手の芦管で音程を決め、右手の芦管で弾いて音をだす。

下は楽譜で、「須磨」と題された当日演奏された曲のひとつ。

これに先だって演奏が行われた。奏者は峰岸一水氏(清虚洞一弦琴宗家四代)。主催校の出身という方で、海外でも演奏活動を行われているという。下の写真のように"Less is More"というタイトルで一弦琴の演奏の本質を説明されているそうだ。演奏は琴の音に合わせて唄を歌うというスタイルであった。古楽器のような素朴な響きだが、琵琶のような感じもした。素朴な音だが力の感じられるものだった。

Less is Moreの意味だが、「よけいなものを削ぎ落とすと、本質的なものが豊かに現れる」というような意味だろうか(なにかの引用かもしれない)。心理学における「よけいなもの」はなんだろうか、と電車のなかでつらつら考えた。


99/10/09(日)学会

基礎心理学会の初日。今年は聖心女子大学が主催校。この学会ははじめての参加である。発表内容は実験心理学をほぼカバーしている。会員は500名ほどでそれほど大きな学会ではないが、今年は100件ほどの発表があり、盛会だ。個人発表はすべてポスターセッションである。午前中いくつか発表を聞きいて、私のポスターは午後のセッションだった。

高名になられたある研究者の方も同じようにポスター発表をされていて、いいなあと思う。その他比較的年輩の方もポスター発表されていた。私は研究活動については復帰リハビリ中だが、このようなセンセイ方のように「現役」でいたいものだと思う。

「在席責任時間」は一時間であったが、何人かの方に説明し、時間はあっというまに過ぎた。理論的研究の大家のセンセイからいろいろアドバイスをいただき、関連論文の抜き刷りまでいただいた。

終了間際に院生のJ君とM君のポスターをのぞきにいった。ポスターセッション終了後、シンポジウムが二つあったが、私にとっては「専門」的すぎる内容でコメントはできない。それで「形式」について気づいたことを。会場は立派なホールで、OHCとパソコン出力を液晶プロジェクターで提示できるようになっていた。

発表者によっては話しながらOHC(OHPも同様)を(無意識的に)動かす例があり、これは気になるものだ。私も授業中にOHPをつかうときには気をつけなければと思う。

若手のシンポジストはノートパソコン+パワーポイントでプレゼンテーションというスタイルが「主流」だった。何人かの発表を聞いていたのだが、一般的にスライド枚数、一枚あたりのスライドの文字とも多すぎで、「スライドが説明しすぎ」という印象がした。「授業」ならこれでよいのだと思う。若手のセンセイの世代からは授業のやりかたはかなりいろいろ工夫されているなあ、と推察。しかし、プレゼンテーションでは象徴的で印象的な見出しを少な目に作ることが必要だと思う。

シンポジウムのあとアトラクションで一弦琴の演奏会があった。これについては明日に。


99/10/08(金)ポスター

明後日からの学会のポスターをつくる。今年はパワーポイントをつかって作ってみた。図などは別に用意。ポスターを貼らずに、ノートパソコンでスライドショー形式で発表というのもやってみたい気もするが、「完全な」スライドショーを準備するのはなかなか大変そうだ。また、発表を見てくれる方に時間をとらせてしまうので、やはりポスターを使って口頭で説明するのが良いだろう。(でも他の人に説明している間にスライドショーを見ていてもらうのは良いかもしれない。今後の課題。だが、そんなに聞きに来てくれるヒトがいるのか、というカゲの声もする。)

偏見かもしれないが、Mac用のOFFICE98を使ったあとではどうもエラーが起こりやすいような。このページは「ホームページPRO」というソフトでiMacで書いているが、一度「予期しない理由で終了」して、2度目にはフリーズしてしまった。直前にOFFICE 98のパワーポイントをつかっていた。OFFICE 98 updater 2でアップデート済みなのだが。

業務連絡。修論中間発表を準備している諸君はパワーポイントでなるべくど派手にプレゼンテーションしてエライセンセイ方を煙にまきましょう(というのはあくまでも冗談です)。論点を整理しやすくなるのと、発表し易くなるのは確かです。まだためしていないヒトはぜひつかってみましょう。発表会で原稿の棒読みが始まると聞いている身はなかなかつらいものがありますね。


99/10/7(木)「在宅勤務」

今日は私事都合により休講してしまったが、数は少ないが大学関係のメールが追いかけてくる。ひとつは教務関係。ケイタイ電話で追いかけられるよりははるかにマシだ。昨年度あたりから事務方にはノートパソコンが配布され、メール連絡もできるようになったので、教員よりも「デジタルネットワーク化」は進んでいるかもしれない。もう一通は卒論相談で4年生から。それぞれできるだけ早く返事を書いた。卒論相談にメールは非常に便利。事務関係も諸連絡に無駄な時間をとられることもなく効果大ではないだろうか。非常に短時間ではあったが「在宅勤務」。

Finke, Ward and Smith(小橋康章訳)創造的認知:実験で探るクリエイティブな発想のメカニズム、森北出版1999 (Creative Cognition by R. A. Finke, T.B. Ward and S.M. Smith, MIT Press, 1992)

6章の構造化イマジネーションをちょっと立ち読みしてカテゴリー般化の実験にひかれて購入。カテゴリー弁別に興味を示している3年生のWさんによい文献だ。


99/10/6(水)iMac DVD

今日は午後から会議ひとつ。

新型iMacが発表された。Webニュースで見る限りでは現iMac で気になっていた点が改善されていてぐぐっとくる。外部モニター接続コネクター(ただしミラーリングのみで、マルチモニター表示はできないようだ)、AirPort、FireWire、簡単なメモリー増設、コネクターのポケットも浅くなって使いやすい印象。本当に大丈夫かという気もするが、空冷ファン無しで静か、というのがいいなあ。DVDのカントリーコードが不満の種だがiMacでも同じなんだろうなあ。(コードの書き換えは3回までらしい。これは廃止するか書き換え回数の制限をとるべきだろう。)

Delphi 5 Learning版が入荷していた。Delphi4を発注したつもりだったのだが、すでに5になっていたのを知らなかった。


99/10/5(火)事例研究方式

午後から学部の研究法2回目。今期はやりかたをちょっと変え、ある調査や実験の全体を話し、その結果として得られたデータの統計的処理について話すというやりかたを試みる。最初のシリーズは、以前大学の広報課とタイアップしておこなった、ある受験雑誌に掲載した本学のクーポン広告(綴じ込みの返信用はがきに印刷されたアンケートに答えると大学の入試関係の資料が進呈される)で得られた結果を題材にしている。アンケート内容は高校生にとって身近な話題ということで「受験ストレス」に関するものである。

系統だって教えるというやり方からは少しへだたることになるが、必要性と「威力」を実感することができるのではないかと思う。

今学期はプレゼンテーション教室が込み合っていて、受講者(約40名)に比べて広い部屋が割り当てられたしまった(R002)。この部屋はOHCとパソコン+プロジェクターは備えられているのだが、都合悪いことにOHPが備えられていない。ケイタイ型のOHPを持ち込んでもらって使用しているがやはり光量不足だ。

 R002は流行の扇型・階段教室である。部屋が広いため学生は分散して席をとる。占められる座席の位置は、私の方からみて、教室の後ろの段の隅に陣取るグループが、左後部、中央後部、右後部にある。私に近い席では、正面近くに一グループ、右手近くに一グループ、右手中段付近にもう一グループという感じだ。どうも私から見て右手側に多いという印象である。毎年右手側に多い配置になるのか気になっているのだが、明確な理由はわからない。ただ、OHPは正面が一番見やすいんですよ。

大学院の研究法はオーソドックスに「推定」の話し。こちらは、少人数ということもあり、また、必要性は十分認識されているようなので、教科書的に基礎的な統計学を展開しても授業は「モツ」ものと思う。行動適応学は受講者の顔ぶれから、今期は健康心理学関係の論文演習をすることにした。


99/10/4(月)「鉄腕アトム」

一見いつもとかわらない週の始まり。午後からの実験実習では新しい課題を入れたのでその準備にかなり時間を費やしてしまった。実験プログラムは最後の仕上げと動作確認に手間取り計画よりはだいぶ遅れたがなんとか間に合った。そのかわり宿題一部つみのこし。

記憶がはっきりしないのだが、私が小学校の高学年のころ、たしか国語の教科書で「第三の火」か「原子の火」というような題の文章を(これまた不確かなのだが著者は湯川秀樹氏?)読んだのではないかと思う。たぶんこの文章には明るい未来と同時に、このようなモノを知ってしまったオソロシサも描かれていたのではないかと推測されるが、そのころは原子力で空をとぶ「鉄腕アトム」のエネルギーといった理解でしかなかったのである。


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