1998年12月7日
オンラインセラピーは有効か否か
イギリスの精神科医であるRussell Razzaque医師が,世界のどこにいてもオンラインチャットやビデオ会議を通じて治療ができるCyberAnalysisというサイトの立ち上げを発表した。同医師は,一部の患者にとっては直接的なカウンセリングよりも効果を発揮する可能性があると自信を持っている。
だが同時に,米国の保険会社がこの「バーチャルセラピー」を認めるかどうかは分からないとも語っている。ある大手インターネット企業の人事部長は,このコンセプトは新しく,検証済みのものではないので,会社の保険プランを適用するわけにはいかないと否定的だ。
だがRazzaque医師は,バーチャルセラピーにより患者が,自己分析できるツールに直接アクセスできるようになり,良い結果が期待できるとし,セラピストに面と向かって診察を受けるのが嫌な患者にとっては,オンラインでのカウンセリングが簡単で有効な手段だと述べている。
「こうした形式の診察によって,多くの患者は,よりオープンに意見を言うことができるようになる。すぐに要点を切り出してくる患者が多いので,問題の核心部分に対してすみやかに治療を始められる」(Razzaque医師)
このシステムのもう1つのメリットは,オンラインのほうが直接診療するよりも治療費が安くすむことだとRazzaque医師は強調した。Razzaque医師のオンラインサービスを利用する患者の診察料は,診療所でカウンセリングを受けるよりも10〜20%安くなるという。
保険は適用されない?
イギリスの医療保険制度では,ほとんどの診察が無料か,もしくはわずかな料金ですむが,精神療法は保険の対象外なので患者が診察代を負担しなければならない,とRazzaque医師は説明する。オンラインカウンセリングでは,1回の診察代は平均65ドル程度であり,米国に比べるとかなり安い(米国のセラピストの診察代は,1時間につき100ドル程度であることが多い)。
同医師のシステムでは地域のセラピストに診察してもらうよりも安くすむが,被保険者がこのシステムを利用した場合に,米国の保険会社が保険金を支払うかどうかは分からないという。「これは全く新しいアプローチなので,保険の問題はこれからの課題だ」と同医師。
ニューイングランドに本拠を置くHMO(健康医療団体)の匿名希望のある管理者は,オンラインでの診察に保険を支払うHMOがあるとは思わないと語る。
「われわれはさまざまな理由により,精神療法をはじめ,オンライン医療サービスを一切承認していない」とこの管理者は語った。その主な理由は,HMOが患者の機密を維持できなくなることを懸念しているからだという。
もっとも,Razzaque医師のシステムはあらゆる患者を対象にしたものではない。Razzaque医師は,自殺願望あるいは妄想癖のある患者は病院で診療を受けるべきであり,オンラインでのカウンセリングはしないと話している。
“電子メールセラピー”は危険か?
Razzaque医師は,オンラインであるということこそが,このシステムの最大の利点なのだと主張する。「私が実践しているタイプのセラピーは――次の2つの条件を必要とする点において――特にWebに適している。それは,患者とセラピストの間に,感情面でのワンクッションを置く空間があること,患者がリラックスできる環境があることだ」
またRazzaque医師は,各患者それぞれにフロイト派の精神療法や認知分析療法など,主要な精神分析学の要素を用いた診察コースを組み立てるという。「このサイトのすべての患者を,私自身が直接診察する」
ロンドン大学で学び,現在はRoyal College of Psychiatryの職員であるRazzaque医師は,インターネットは患者と心を通わすための効果的なツールだと考える精神医療の専門家の1人だ。こうした考えを持つセラピストは増加しつつあるが,異論を唱える人も少なくはない。
精神衛生の問題について議論を行っているWebサイトや掲示板は多数あるが,これまでのところ,実際にセラピストがオンラインで診療を行っているケースはほとんどないと,心理学者のMarlene Maheu氏は語った。精神衛生の問題を専門に扱う9つの電子メールディスカッショングループとWebサイトを1つ運営しているしているMaheu氏は,「電子メールセラピー」へ向かうトレンドは危険だと警告する。
「場合によっては問題を把握するのが容易でない場合がある。われわれ専門家は,視覚的および聴覚的な手がかりも使って,患者がある問題を受け入れるのを手助けする訓練を受けている。6カ月も話し合いを続けて,ようやく“毎日食べたものを吐いている”と認めるようになることもあるのだ」(Maheu氏)
問題はサービスの品質
精神衛生の専門家たちがWebの利用に関する問題に取り組んでいるのは,Webが――表面上は――医師が患者と接触をとるのに優れたツールに見えるからだと,Maheu氏は語った。だが,意気消沈した,あるいは不安を抱いた患者の多くは,最終的には直接治療を行うことで快復をみせる。これはサイバースペースではけっして真似のできないことであり,オンラインセラピーを受けた後,かえって余計に孤独感を覚える人もいるという。
「専門家のディスカッションフォーラムを覗いてみると,この問題について日々激しい議論が戦わされているのが分かるだろう」(Maheu氏)
Maheu氏の主張についてRazzaque医師に質問したところ,Razzaque医師は,自分のアプローチは従来の形式のセラピーが効果的だと思われる患者の多くに有効であり,より重度の患者を除外することで,ほとんどの危険は回避できると語った。
オンラインで提供されているその他のサービスと同様,患者はインターネット医療サービスに対して,「料金を払うなら十分注意する」必要がある,とAmerican Universityの情報システム教授で,インターネット文化の問題についての著作の多いFrank Connolly氏は警告した。
「ほかと同様,これは品質管理の問題だ」とConnolly教授は語った。「サービスに問題があった場合,その医師を監督しているのが誰なのかを考える必要がある。米国内の機関で,ライセンスを受けているところなら,AMA(American Medical Association)が監督している。だが,そうでなかったら,問題が起きても誰にも責任の追及ができない」
にせ医者に注意
理論的には,誰でもオンラインで診療所を開設して,医療行為を行うライセンスがあると宣伝できるため,オンラインサービスを利用したいと考えている人は,注意するに越したことはないとConnolly教授は語る。
「ある人物がにせ医者でないことを,どうやったら調べられるだろう?」と同教授。
だが,そう言いながらもConnolly教授は,オンラインによるコミュニケーションのほうが,口頭でのコミュニケーションより詳細にわたることが多いため,患者によっては直接診察を受けるよりも,オンラインのほうが内容の濃い情報をセラピストに示すことができると指摘した。
「オンラインで授業を行っていたことがあるが,学生からの回答は,手を上げて頭に浮かんだことを答えるよりも,電子メールの場合のほうが,はるかによく考え抜かれたものだった」(Connolly教授)
[Maria Seminerio,ZDNet/USA]