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2003/3/30(日)Documents To Go

 PalmOS用の新しいデータビューワーPicsel Viewer for CLIEを試用してみた。これは新しいSONY CLIEに付属するようになったもので、オフィスファイルやPDF、HTML文書や画像などのファイルを変換せずにCLIEで「閲覧」することができるものである。インターフェースは独自でPalmの作法とはだいぶ異なるが、オフィス文書やPDF文書を自由に拡大縮小して読むことができる。操作は非常にスムーズで、PDAの能力が非常に高くなってきていることを感じさせるものだった。新しいデータビューワーにはもう一つRepliGoというのが話題になっていてこちらの方が自由度は高そうである。いろいろな文書を小さなPDAで持ち歩けることはたしかに便利なのだが、やはり画面は小さいのでそれなりの制約はある。日常的にはパワーポイントの下ごしらえや編集ができるものがほしかったのである。

文書の「編集」ができるものとしては、ファイル形式を変換する必要はあるが、DocumentsToGoというソフトがある。スタンダード板はNX70Vに付属していたのでこちらも使ってみた。ファイルの変換はPCのデスクトップにあるショートカットにドロップするだけなのでほとんど手間はない。なんといってもCLIEで「編集」ができるのが強みである。ただしスタンダード版はパワーポイントをサポートしていないので、プレミアム版を試用してみた。PDAの小さな画面でもパワーポイントのスライド程度ならまったく問題なくつかえることがわかった。新規のスライドもつくれるし(Palm側で新規作成する場合は文字スライドのみだと思うが、あたらしいスライドの準備には非常に便利である)、編集もできるのでこれは便利である。貼り付けたグラフや写真も問題なく見ることができる。(ただし、PC側で設定してあるスライドの切り替えやアニメーション情報は反映されないようだ。)こうなるとCLIE単体でプレゼンできそうなのだが、CLIEで使えるプロジェクター出力のカードがまだないのが残念なところだ。

(その他、ワードファイルについては対応形式がMSワード形式とテキスト形式で、一太郎13からワード形式で出力したファイルはRTF形式と判断されて開くことができなかった。テキスト形式出力の方は可だった。また、マック版のプレミアムバージョンではパワーポイントの編集ができないようです)

2003/3/29(土)卒業生

時間が前後するが木曜日の会議の後、ちょうど3年前に卒業したSさんとHさんと南町で会食。Hさんは卒業後言語聴覚士の養成校に進学して、ことしが資格取得の年になる。まえにも書いたことがあるがこの学年は特に実験実習など熱心にとりくんでいたことで印象にのこっている。Hさんの通っている学校は水戸からはかなりはなれているのだが、2年前に卒業してI大学院に進学したI君がさらに今年からはその町にある大学院に進むことになったという偶然があった。在学中の出来事など思い出話をしたり、かれらが卒業した後の大学の様子などいろいろ話して、予定の時間はあっという間にすぎてしまった。ふたりともとても元気な様子でなによりであったし、社会的な成長も感ずることができた。卒業生とのこのような会合は得難いものだと思う。

2003/3/28(金)「就職戦線」

昨日の東京新聞に「土砂降り就職戦線:成功する学生は?」という記事があった。記事では多くのひとが就職活動で苦労しているが、「苦労しない人もいる。その差は何か」というテーマ設定で就職で成功する学生の特徴がかかれていた。特に女子学生の就職事情に詳しい福沢恵子さん(「成功するエントリーシートの書き方」高橋書店などの著者)によると、就職に苦労していない学生の特徴として、

などを挙げておられる。
 グループや組織で企画や活動の経験を通じて時間の使い方、打ち合わせ、作業効率についての意識を持ち、ボランティアなど学外での活動を通じて社会性を身に付いていること(なかでも学生の国際組織での活動は有利とのことだ)。職場では世代間のコミュニケーションが大切で同世代の共通常識を振りかざす人はマズイらしい。
 一方就職にくろうしている人の特徴は

また、インターネット情報ばかりでなく「先輩」や知り合いを通じた生の情報を知ることも大切であるそうです。

 また、名古屋大学の就職担当の方によると、やはり就職活動に成功している学生の特徴は「コミュニケーション能力」にあるという。「志望かなえた人の共通点:年代差超えた会話できる」。


 また、就職活動そのものも社会性を身につける貴重な機会であると、とらえられる学生も就職には「強い」そうだ。

社会のなかにはいろいろな仕事があるから、一般論は不可能なのではあるが、「整合性」については私も入試の面接や卒論相談などで感ずるところでもあり、「なるほど」と感じさせる要素の一つであると思う。苦労している学生の特徴の多くは私自身にもあてはまるところが多いし、これらが「苦労している学生」の特徴であるということは、今日の学生の多くがかかえている「問題」なのかもしれない。


(訂正)先日のホームページビルダー7のアップデートの件。アップデータをデスクトップに保存して実行すれば問題ないようだ。ウィンドウズではこの作法は常識なんだろうか。
アサヒコムによると「家電」ソフトはLinuxかTRONで規格化を進めるという。携帯電話やデジカメはすでにほとんどがTRONで動いているらしいので意外ではないが、今度こそ脱MSなるか。

2003/3/26(水)007ダイ・アナザデイ

午後から映画を見に行った。いろいろ酷評されていた007ダイ・アナザデイ。映画の中で描かれた某国の野望に満ちた二世はむしろ別国の某二世に重なって見える。格闘技で鍛えているところなどはまた別の国の大統領のようでもある。それぞれの薄気味悪さ、無邪気な暴力、陰湿さ、といった性格をミックスしてつくったキャラクターだろう。遺伝子治療による永遠の生命や強力なエネルギー装置という科学技術的妄想や最終兵器と狂信的な指導者という組み合わせは映画の中ばかりでなく、現実的な恐怖である。しかし、あまりにも現実離れしたアクションシーンのためにモチーフのおもしろさや緊張感をそいでいるように感じた。

2003/3/23(日)ホームページビルダー

ホームページビルダー7というソフトを試していたところ、大学のサーバーのCGIプログラム(カウンター)を貼り付けるとファイルを保存するたびにコードが「増殖」していくという現象に悩まされる。新しいマニュアル本をみていたらこの問題を含めた「修正プログラム」がでていることがわかって、バグであることがわかった。7.0.1.0にアップデートしたのだが、このアップデータがどうもよくわからないもので、最初は「該当ソフトがインストールされていない」というメッセージがでて、再度試みると、7.0.0.0はそのままのこって新しいバージョン7.0.1.0がwinnt/binという「予期しないフォルダー」の中に作られた。一応これをオリジナルのファイルに移動してみたところ問題なさそうなのだが、これでよいのだろうか?ホームページビルダーは多機能で便利な面もあるのだが、なんというかもうすこしシンプルにできないものかと思う。

午後、新宿で会食。米国に赴任するOさんや国内転勤のMさん、一時帰国中のKさんほかの歓送迎会。3月は変化と移動の時期だ。

週末は「情報化」についての会議資料を関係者にメールしたところ、すぐに会議用の掲示板にアップロードされていた。 この会議は学内の「情報化」を再検討するものなのだが、この会議自体でその試行錯誤をしているようでもある。


2003/3/21(木)卒業式

昨日は卒業式。この時期は寒いことも多いのであるが、今年はおだやかな天候に恵まれた。中庭の梅はことしはちょうど見頃である。式は例年どおりの形式だったが、最後に「保護者」の方、教職員、在学生の代表で卒業生を拍手で送るという新しい趣向があった。これはなかなかよいものだった。4月にはいるとすぐに入学式があるが、こちらは新入生を拍手で迎えるとよいのではないかと思った。


このところ保護者の方の出席が多くなって、今年は卒業生とほぼ同じくらいの参加があった。「地元」出身者の割合の増加ということもあるのだろう。来年度は人間科学部は20周年ということで、列席された方も私と同年配でもあり、時間の流れやこれまでの卒業式のことなどを思い出していた。
祝辞はことしはあまり印象に残らず、こころ打たれるものがなかったのは時間の経過のことに心をうばわれていたからだろうか。

式のあと、学科・専攻にわかれて卒業証書の伝達。私も教室をのぞきにいって、ゼミの関係学生に合宿などのスナップ写真のCDをせめてもの記念にプレゼントした。ときどき学園の中の植物や花の景色をスナップしているが、学生や人の姿で花も景色も引き立つように思える。
ゼミ学生からはかれらの入学年度のワインをプレゼントしてくれた。どうもありがとう。ん○年後に栓をあける機会があることを。

2003/3/18(火)入試委員会

昨日今年度最後となる入試業務をおえることができた。夕刻、委員として一緒に仕事をしてきたI先生が定年で退職されるということで、送別会があった。送別会とともに入試委員会Aの打ち上げも兼ねて。ここ数年入試の種類と回数が増えたために入試委員の負担も重くなってきて、入試委員会はAとBの二つで運営してきた。来年は統合される予定。それで、それぞれ打ち上げのパーティがあったのだが、委員同士は同志的結束(っておおげさな)が強まる感があってどちらも楽しくまたにぎやかな打ち上げになった。今年はこれまで私が経験したなかでは委員の年齢構成や経験のバランスがよくとれていて、オペレーションがとてもうかくいったように感じた。ことしのわが人間科学部入試委員会への「ご褒美」は某受験雑誌集計の「受験生の増加率の高かった学部ランキング」で11位にランクされたことだ。

I先生は組織管理学科が発足した年に赴任されたので15年間勤務されたことになる。年齢よりも若く見えるために、定年と聞いて意外な感じがしたものだ。先生とは入試委員会を通じたおつきあいだったが、なにごともきちんと対処されていたことが記憶に残っている。残念ながら「最終講義」は辞退された、ということだった。

2003/3/13(木)朋遠方より・ティップス先生

学生時代の旧知の二人と非常勤をお願いしていたTさんの後任のHさんが観梅に水戸へ。私は午前中は入試業務があったので夕食を中川楼という老舗のうなぎ屋さんへでかけた。和風のレトロな雰囲気と非日常的な空間でちょっとした接待には最適のところである。卒業してからウン十年ぶりでだいぶ貫禄がついた様子だが、話し始めると昔のままだ。わたしもひさしぶりで楽しむことができた。でもこのような店での「しきたり」について初めて来たHさんらに尋ねられて初めて気がついたこともあって、また新しい謎がいくつかできてしまった。

若いH先生には「ティップス先生」の書籍版とウエッブ・サイトを紹介しておいた。近い将来には5人目のティップス先生になられるのであろうなあ。

出かける前に卒業生の(旧姓)Yさんが仕事の途中ということで立ち寄ってくれた。こちらもかれこれ10年ぶりだろうか。最近独立したということで名刺には「取締役」の肩書きが燦然と輝いていて、学生時代よりもむしろ若々しく張り切っているように見えた。これも新しい傾向なのだろう。

昨日は一昨年卒業してI大学の大学院に進学したI君から進路についてメール。かねてから希望していたN先生の指導をうけることができるようになった模様だ。N先生は若くしてこの分野では嘱望されている方だ。健闘を祈る。

2003/3/7(金)ティップス先生・「ひょっこりひょうたん島」・CLIE TG50

最近また一つナゾが解けた(ってまたおおげさな)。ちょっとまえに戸田山和久氏の「論文の教室:レポートから卒論まで」(NHKブックス)を読んでいて、名古屋大学のWebサイトで読んだ「成長するティップス先生:名古屋大学版ティーチングティップス」http://www.cshe.nagoya-u.ac.jp/tips/に似ているなあ、と感じていた。ひょっとしてティップス先生の正体は戸田山氏なのではないだろうか?

「ティップス先生」の書籍版(池田輝政・戸田山和久・近田政弘・中井俊樹(著)「成長するティップス先生:授業デザインのための秘訣集」(玉川大学出版部2001)を買っていたのであらためて著者欄を見たところ戸田山氏の名前が並んでいることにやっと気がついた。「論文の教室」を読んだときには、名古屋大学の先生方はみんなティップス先生みたいだとしたら、これはすごいことだ、との感想をもったのだが、実際にはすくなくとも四人のティップス先生がおられることがわかった。

「論文の教室」を読んだときにはなんだか自分でも「良い論文」が書けそうな幻想をいだいたのだが、今回「ティップス先生」をあらためて書籍版で読んでみると、なんだかこのマニュアルに従えば「良い授業」ができそうな気さえしてくる。畳の上の水泳状態である。ティップス先生は理想的すぎるかもしれないが、ごくあたりまえの先生である。ごくあたりまえの教員とごくあたりまえの学生がいてごくあたりまえの大学がなりたっていく。このごくあたりまえのセッティングをするのは教員のつとめなのだと言っておられる。しかし、ところどころ、やはり現実にはどうだろうか、と考えざるを得ない所もある。

この種の本を読んだあとには、新学期にはできるだけこのマニュアル通りにやって、試してみようか、と勇気づけられる面と、同時に、矛盾するのだが、ちょっと無力感を感ずることもある。「あとがき」に書いてあるのだが、「マイナス面」、つまり大学改革を教員個人の授業改善のレベルに矮小化してしまう危険性があることが一つの理由だと気がついた。次の段階、カリキュラムや大学全体の改善・改革はどのように取り組まれるべきなのだろうか。

この本にしめされている基準はたしかに個々の授業が満たしていかなければならないものだと思う。いま関わっている「教育の情報化」についても、このようなFDが前提条件となっていなければ、「失敗例」を一つ増やすだけにおわるかもしれぬ。

また、米国の大学の教授法tipsにはさまざまな「障害」に対して学習環境を守ることが明記されているそうだ。この水準には日本の大学も近づきつつあると思う。しかし、その「障害」の中には「認知障害」や「学習障害」も区別無く言及されているという。これは「教育を受ける権利」を守るためになすべきことが正しく実行されなければならない、という崇高な意思の現れなのであろう。このことから考えると、現在の入試のやり方は間違っているのかもしれない。現在は一定の学力をもった者を優先しているわけだが、これは歴史的な一つの基準にすぎないのであろう。

テレビでなつかしい「ひょっこりひょうたん島」のテーマソングを聴いた。私には構成員を見分けることができないモー娘。が歌っているが、古さをまったく感じさせない。っていう感覚自体が古いのかもしれないが今聞いてもとても新鮮な曲である。アニメはイェローサブマリン風。

CLIE TG50が発表になった。今度はミニキイボード付きで画面は320X320。OS5。Bluetooth内蔵。A先生とあれこれコメント。A先生はグラフティが苦手ということで、キイボードがついたので「買ってみようか」という決断がついた様子だった。わたしの周辺やく2名の範囲ではメーカの思惑はあたっている?しかし、Palm OSをキイボードで使った場合の使い勝手がこなれているかどうかは触ってみないとわからない。ほぼ同時に発表されたソニー・エリクソンの携帯電話のラインをみていると、通信とカメラ類は携帯側へ移して、Bluetoothで接続し、PDA本体側はむしろシンプルに、という一つの方向が見える。ただ、その一方で「全部入り」も出し続けているので、PDAのジャンルはまだまだいろいろな可能性が試されている段階なのだろう。

2003/3/6(木)丸福珈琲店

忙しさにかまけていてしばらく更新できず。

先日近くのデパートで「なにわうまいもの展」(?)というのをやっていた。そこで私の長年の疑問のひとつが解けることになった(っておおげさな)。私の郷里にとってもレトロな丸福珈琲店という喫茶店があって、帰省する度にときどき寄っていた。その同じ名前の喫茶店が大阪にあって、雑誌などでも取り上げられていることがあって、その写真で見ると、店の雰囲気やカップの形などとても雰囲気が似ている。それでこの二つの店はどんな関係にあるのだろう、「のれん分け」なのかなあ、などと思っていたのである。この「なにわ展」で丸福珈琲店が出店していたので、一休みすることにした。コーヒーの味は、苦みはすっきりしていてしかも酸味もふっくら、しかもコクもあるというリッチな昔風の味で、ちかごろなかなか味わうことのできないものだ。郷里の丸福珈琲店の味そのままだ。カップも磁器で記憶にのこっているものと良く似ている。豆も売っていたので買ったのだが、このときに店番をしていた品良く、客あしらいの巧みなご婦人に長年の疑問を尋ねてみた、というシチュエーションだ。

話を聞くうちにいろいろな偶然があることが分かった。丸福珈琲店を始めたのは私の郷里の出身のIさんという方で、大阪で珈琲店が成功し、郷里にも店を作ったということだった。だから、郷里の店は「支店」ということだった。さらにいろいろ話をきいていたら、Iさんは私の通った中学校の近くにあったI植物園の親戚筋のかたで、なんと中学一年のときに同じクラスで、隣の席だったこともあるiさんと親戚であることがわかった。そういえば、iさんとこのご婦人は従姉妹くらいの関係になるのだろうか、中学生の頃の面影を時間軸で延長して想像すると、どこか雰囲気が似ている気がした。しかも初代のIさんは私の実家のごく近所に住んでおられたとのことであった。店番のご婦人はIさんの娘さんにあたり、大阪の店を継いで経営されているということであった。 客の好みもかわっていくだろうし、材料だって昔のままというわけにはいかないだろうし、店の味を守っていく事自体大変なことだと思う。このあとつぎの方はコーヒー好きで、味もしっかりききわけておられるようだから、まずは安泰であると思う。アメリカンなコーヒにまけないように商売繁盛をかげながらいのっとります。

 


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